第38話

文字数 1,449文字

公園で会って以降、ヒロとは電話で幾度か話をした。通話料が高くつくので、会話は短時間で切りあげられる場合が多かった。

話の内容は、ヒロの自画自賛が多かったな、という印象が残っているだけで、他は記憶に留まりようもない、たわいないことばかりだった。

ヒロはユウヤの話など忘れたかのように、まるで話題にしなかった。

それでも、ヒロと話すとき、あたしは毎回今日こそはと期待していた。

しかし、期待は外れてばかりだった。あたしはがっかりし、また苛々(いらいら)した。

「仮にヒロとユウヤが話したとして、話が噛み合うだろうか? もちろん噛み合わない。問題がナンパでないことが明らかになるだけだ。それに、冷静に考えて、中学生のヒロがユウヤと対峙(たいじ)するのは荷の重い仕事に違いない。避けたとしても責められない」

しばらくすると、あたしはこう考え、自分を無理に納得させていた。

ただ、対峙しないにしても、どのようにして対峙しない運びにするのか、その過程は知りたかった。

ユウヤと会わない理由をはっきりと述べるのか、それとも、うやむやにして自然となかったことにするのか、そこのところは気になった。それは、そのままヒロのあたしに対する誠意を表すことになるだろうから。

あたしはヒロがあたしのことを玩具のように軽く扱うという現実を見せつけられていた。けれども、その現実を認めたくなかった。認めたくない現実を少しでも否定してくれるのが、この「誠意」だった。あたしはヒロの誠実さに(こだわ)らざるを得なかった。

二学期が始まり数日が経つと、ヒロはまたあたしに授業を抜けるように指示をした。

けれども、あたしはすぐに返事をすることなくユウヤのことを持ち出してみた。要求された直後だったので、こちらも言い出しやすかった。

「ああ……」

ヒロの顔は急に曇った。

あたしは黙ったまま、ヒロの言葉を待った。

「あれから何かあった?」

ヒロは訊いた。

「何も……」

「俺も商店街に行ってみたんだけど、いなかったよ」

「え? 行ったの」

「行ったよ」

ヒロはあたしと目を合わせず、複雑な表情をしていた。その表情から、あたしはヒロが嘘を言っているのだろうと思った。

「じゃ、こんど一緒に行ってみる?」

あたしは言ってみた。

ヒロが肯定しないのは分かっていた。

「夜だろ。そんな時間ないし……」

ヒロの調子は落ち込んだ。

「そうだね。うん、いいよ。いるとは限らないし」

あたしは、嫌味に聞こえないよう、注意を払って言った。

「そう、いるとは限らないんだよ」

「うん」

「それに俺、ポリに目を付けられてるし。……このあいだ、久呂(くろ)中の奴ら揉めて二人ほど病院送りにしたところだからな」

久呂中というのは、隣の校区の久呂田(くろだ)中学校のことだ。つい最近、そこの生徒たちとあたしの同級生たちとのあいだで、ちょっとした揉めごとが起こった。教師たちは大騒ぎだったが、結果は大事に至らずに済んだ。

あたしはその揉めごとに関わった同級生を知っていて、ヒロがその同級生のなかに含まれていないことも、当然、知っていた。

この事実を知っている以上、あたしはヒロに同意できなかった。しかし、事実を知っているとも言えなかった。

「こんどそいつが何か言ってきたら『警察に言う』って言えよ」

「うん、そうする」

あたしは作り笑顔を見せた。そんな笑顔でも、ヒロは安心したようだった。

「じゃ、いつも通り」

こう言って、ヒロは立ち去りかけた。

「ううん、もうやめておこうよ」

あたしが言うと、ヒロは足をとめた。
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