第31話

文字数 1,446文字

「女は男に従うべき」

ヒロはこう言っていた。あたしは母を思い浮かべた。見た目のうえで、母が男を養っていた。しかし、本音では、風采がよく、仕事のできる男に大黒柱になってもらい、いつの日か、その庇護(ひご)下で甘美な生活を送りたいという思いが見え隠れしていた。こういう母が基準になっているせいか、あたしは違和感を覚えながらも、ヒロの考えを否定はしなかった。

「結婚したら、女は家庭に入るべき」

こんなことも言っていた。具体的に考えようのない話だったので、あたしは、これも否定しなかった。そんなことよりも、中学生なのにそんなことを考えているのかと驚いていたのが本当のところだ。あたしは自分が随分と遅れているのかもしれないと、少し不安になったのを覚えている。

ヒロと話をして、あたしはえらく威張った考えだなと思ったことが幾度もある。しかし、それを問題にして、ヒロとぶつかるのはいやだったので、意識しないようにしていた。

「他人同士、性格が完全に一致することなどない、譲り合うことが長続きするコツ」

あたしはどこかで聞いたこんな文句を頼りにしていた。ヒロだって、いつかそう考えてくれると信じて。

しかし、現実にはそうならなかった。

付き合い始めて一週間も経たないある日、放課後、誰もいない教室であたしはヒロにいきなり抱きしめられた。(へそ)の辺りに、固いものが当たった。あたしは驚き、また恥ずかしかったので、離れようとした。けれども、さらに力強く抱きしめられた。

「やめて、誰か来たら……」

あたしが言うと、その口にヒロは唇を押し付けてきた。初めてのことだった。キスという感じではなかった。顔を(そむ)けようとするあたしの頬や鼻にただ押し付けるだけ。力の加減もできないようだったので、唇をあいだにして歯と歯が当たるようで痛かった。そして、痛みが走らないとき、こんなものなのかな、と思っていた。

ただ、キスよりも、お腹に当たるペニスのほうが気になった。幼いころに見た紐のペニスをすぐに思い出した。太く長くなったあれと同じものが、このズボンのなかにあるのかと思った。あたしは嫌悪感を抱いた。

「やめて」

ヒロも唇を押し付けるだけではどうしようもないと考えたのか、今度は解放してくれた。呼吸をとめていたらしく、少し鼻息が荒くなっていた。気持ちが高ぶっているのか、頬が紅潮していた。あたしも顔が熱かった。

「こんなの、誰か来たら……」

あたしは言った。

「来たらやめればいいだけ」

ヒロはもう一度あたしを抱き寄せた。そして、唇を合わせた。今度は互いに動かず、じっとしていた。相変わらず痛い。

ほどなく、ヒロの手がスカートのうえを這いはじめた。

「ちょっと」

あたしはヒロを押し返した。ヒロはまたあたしを引き寄せ、今度は頬を合わせた。ヒロはそのまま触りはじめた。

「いやだって」

ヒロは構わずあたしのお尻を抱き寄せた。固い棒がお腹に当たる。あたしはじっとした。ここまでなら我慢しようと考えた。

でも、ヒロはスカートのなかに手を入れ、下着のうえからお尻をつかんだ。そして荒々しく揉むと、手を前に回し、股間に手を滑り込ませてきた。その手は下着のうえから陰部を撫でた。やめてくれないのかと思うと、あたしの目からは自然に涙がこぼれ出た。

ヒロはくっついていた頬を離し、あたしの顔を見た。ヒロは驚いたような顔をし、それから、ばつの悪そうな顔をした。

「ごめん」

ヒロはあたしを抱きしめて言った。あたしの頭は混乱し、同時にショックも受けていた。
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