第138話

文字数 1,044文字

夕刻、目が覚めた。

あたしはすぐにネットニュースを眺めた。ユウヤに関する記事はなかったけれども、黒崎かすみちゃんが発見されたというニュースがあった。二十代の男に監禁されていたらしい。かすみちゃんは「もう逃げない」と(なつ)いたような態度を示し、しばらく経ったあと、一緒に買い物に出かけた際、周囲に助けを求めたのだそうだ。

「あたしも助かったよ」

会ったこともないかすみちゃんを頭に浮かべ、あたしは呟いた。

それにしても、便利になったんだろうな、と思った。

昔はこんなふうにニュースを読めなかったはずだ。インターネット回線の敷設(ふせつ)にしろ、携帯電話の出現にしろ、世の中は常に便利になりつつある。時代は変わるのだ。

人間だって変わるはずだ。

もちろん、時代が変わるように、個々の人間の人格が変わるとは限らない。でも、あたしは時間とともに変わってほしいと思った。

あたしはネットカフェを出て、自宅へ向かった。ゆきちゃんの事情を知りたいという思いがあったから。また、すべてが明らかになる前に、いま一度母に会っておかなければならないという義務のようなものも感じていたから。

しかし、母はあたしの言うことなど聞く耳を持たないのが常だったので、そもそも会話が成立するのかという心配はあった。

ただ、一年という時間が過ぎている。これだけの空白があれば、いかに母であっても、取り敢えずは話を聞こうという態度を示すのではないかという期待は持てた。

「あたしはどんな顔すればいいのだろう。最初に何を言えばいいのだろう。母のほうはどうだろう。あたしに対し『申し訳なかった』という気でいるのだろうか」

敵地にでも乗り込むかのように全身が緊張していた。自然に歩けなかったような気がする。

家の近く、玄関までほんの数メートルのところで、母の姿を見かけた。

「お母さん」

あたしは小走りで駆け寄った。しかし、母はあたしの目の前で玄関の扉を閉めてしまった。
あたしはすぐに扉を開けてなかに入った。

母は一瞬ぎょっとした顔をした。あたしだとは思わなかったようだ。しかし、じっとあたしを見て、(にわ)かに表情が変わった。それが敵意なのか憎悪なのか分からなかったけれども、不快感を露わにしていたのは確かだった。

「いまさら何しに戻ってきた?」

母の謝罪を淡く期待していたけれども、そういう素振りは見られなかった。それどころか「そんなこと期待してるの? 何を考えてんだか」という母の嘲笑が頭に映し出され、あたしは自尊心を守るべく、妹に会いに来たのだという意思を強調せざるを得なかった。

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