第10話

文字数 1,139文字

「いつかさ、怜佳のために曲を書かせてよ」

あたしは心をくすぐられた。

「何か、イメージ湧いてきたよ」

「上手ですね。皆に言ってるんですよね」

「いや、言わないよ。本当に美しい人にだけ言う」

こんな会話をしながら歩いた。

ユウヤの家はアパートの二階だった。

扉を開ける。

変な臭いがした。汗や煙草の臭いの染み込んだ空気。

部屋のなかは、キッチンに、部屋が一つ。

「ここ?」

あたしは訊いた。

「そだよ」

ユウヤは平然と答える。

「彼女さんは?」

「ああ、いま出てる。もうすぐ帰って来るんじゃないかな。……んなことより、さ、入って」

「一緒に住んでるんですか」

ユウヤは答えなかった。

「入って、さ、さ」

押されて、入ってしまった。

エンジ色のカーペットには、ゴミやほこりが積もっていて、部屋にあるミニテーブルのうえには、食べ残しのカップ麺。そこに箸が突っ込まれたままだった。

その横には、ビールやチューハイの空缶。灰皿には吸い殻が積もっている。

部屋の隅には、音楽関係の雑誌。

ベッドのうえの枕は黄ばんでいる。机はない。

「汚くて、驚いた?」

「いえ……」

「でもね、音楽に集中していると、こうなっちゃうんだよ」

「あの、あたし……」

帰ろうと思った。

「さ、さ、座って」

座らされてしまった。

ユウヤはクーラーの電源を入れた。クーラーは窓に取り付けるタイプのものだった。

「まあ、これでも飲んで」

ユウヤは冷蔵庫からビールを持ってきた。

「え、飲めないよ」

「またまたあー。飲めるくせに」

「ホントに飲めないよ」

「飲めるくせに。酒どころか、クスリだって平気なんだろ?」

何を言い出すのだろうかと思った。あたしが黙っていると、

「空気読めよ。……ったく、人がせっかく気分よくしてやろうと思ってんのに」

ユウヤの豹変に、あたしは驚いた。

ユウヤは驚いたあたしに気付いたらしく、

「ごめん。いまの言い方、よくなかったね」

急に優しい言い方になった。

あたしが空気を読まないからいけないのだろうか。

「飲むよ」

あたしはビールを舐めた。もちろん、味など分からない。苦いだけだった。

「苦いか」

「うん」

「あはは、子どもだな」

ユウヤは得意そうな顔をした。

ユウヤはビールをごくごく飲んで、自作のデモテープを聴かせた。ライブのときと同じく、歌唱力の当否はよく分からなかった。ただ単に怒鳴っているように聞こえなくもない。しかし、あたしは褒めた。機嫌を損ねるのはよくない雰囲気だと直感した。

「いい曲ですね」

あたしが言うと、ユウヤは怜佳には才能がある、と言った。

ユウヤはビール缶を空けると、口数が少なくなった。

沈黙が重苦しい。

それに、ユウヤのあたしを盗み見る目付きが、ときどきいやらしくなっていた。

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