第106話

文字数 1,067文字

あたしは突然頭から水を浴びせられた。あたしに水を浴びせたのは男だった。男は犬にも水を浴びせた。

「水で濡らすと電流がよく通るぜ」

「あははは、そうだね。さすがあんた、賢いね」

老女と男は顔を見合わせて笑った。

「あんたもどうだい。少しは静かになるだろう」

老女は電気槍をあたしに向けた。あたしは一歩退()がった。周囲にいたスーツ姿の男たちは一人もいなくなっていた。

老女はあたしが何も言わないのを確認すると、作業に戻った。

「お姉ちゃん」

檻のなかに、ゆきちゃんがいた。犬はいなくなっていた。

「やめろー」

何故、犬ではなく、ゆきちゃんが檻のなかにいるのか、などと考えなかった。それをありのままの現実として受け取り、あたしは老女に飛びかかろうとした。すると次の瞬間、男に羽交い絞めにされた。

老女はゆきちゃんに電気槍を当てた。ゆきちゃんはさっきの犬のように動かなかった。何度となく突かれたけれども、抵抗しなかった。

「ゆきちゃん」

あたしは大声をあげた。

「うるさい。言うことを聴かないとどうなるのか、まだ分からないのか」

男はあたしの耳(もと)で言った。男は髭男だった。よく見ると、老女もヘグ婆だった。

あたしは硬直した。

顔に何かを感じ、(こす)った。すると、目が覚めた。涙がこめかみを伝っていた。

「夢でよかった」

涙を拭いながら、あたしは心から思った。現実でなかったことに、感謝したい気持ちだった。

ゆきちゃんはどうしているのだろう。

「会いたい」

また涙がこぼれた。

「お母さん」

武男に襲われそうになってから、いままでの納得できない顛末ですら、懐かしく感じた。

見ると、部屋の隅にシャツが落ちていた。タオルもあった。

あたしは汗をたくさんかいていた。立つぞと自分に言って、あたしはフラフラしながら起きた。タオルで身体を拭き、シャツを着た。そのシャツに鼻を当ててみた。恐らく臭うのだろうが、あまり分からなかった。

次に目が覚めたとき、身体は軽くなっていた。頭にあった痛みの芯も細くなっていた。

「どうやら治るようだ」

あたしは心のなかで呟いた。

喜ぶ半面、あのまま眠るように死ねるのなら、それはそれでよかったかも、という思いも少しはあった。

あたしはトイレがしたくて、おまるの(ふた)を開けた。すると小用が溜まっていた。おまるはあたし以外は使わない。そうだとすると、これはあたしのものだということになる。

しかし、使った記憶がなかった。よくよく考えてみると、使ったようにも思えるし、使っていないようにも思えた。

あたしはインターフォンを押した。ヘグ婆の応答があった。おまるが一杯だと伝えると、ヘグ婆は姿を現した。

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