第129話

文字数 895文字

そよ風にカーテンが揺れるのを見た。白く清潔な布団に枕。気持ちよかった。ぐっすりと眠ったせいか、頭はすっきりとしていた。しかし、眠りすぎたせいか、背中などは痛んだ。

あたしは身体を起こした。髪から(すす)の臭いがした。

「あら、目が覚めた?」

カーテンが開いて、看護師が顔を覗かせた。黒く長い髪を後ろで束ねた細身の若い女性だった。化粧のない、やや眉の太い人だった。

演技だ。あたしは自分に言い聞かせた。

じっと見返しているあたしに、看護師は体温計を差し出した。

「お熱、測って」

あたしはそれを受け取って、脇に挟んだ。

「ここがどこだか分かる?」

あたしは少し考えるふりをして言った。

「病院?」

「うん、そう。どうしてここにいるのか、覚えている?」

「あ……」

あたしは返事に窮しているふりをした。

「うん、いいのよ、分からなければ、無理しないで」

看護師は包交車(カート)から血圧計を取りあげて、あたしの血圧を測りながら、

「あとで先生の診察があるから、心配しないで」

看護師はあたしの腕に当てた聴診器に耳を澄ましたあと、

「百十の七十六。熱もないね」

アラームの鳴った体温計も見た。

早くしないと。

あたしは病衣を着ていた。あたしの服とお金はどこなのだろう。あたしはキョロキョロと辺りを見た。その様子を見て察したのか、彼女は、

「服は洗濯しておいたよ。荷物と一緒に置いてある。なかに着ていたシャツは切っちゃったみたい」

こう言って、ベッド脇の棚を指した。そこにはジーンズとジャージとが綺麗にたたまれて置かれていた。そのうえには封筒が載っていた。封筒はあたしのものではない。看護師が気を利かせてくれたのだろう。

看護師が「荷物」と言ったのは、この封筒のことだ。中味はあたしが持ち出してきた札束。

相応(ふさわ)しくない大金。ちぐはぐな服装。看護師も個人的には興味があったろう。

しかし、彼女は「荷物」と言って済ませた。普段から守秘義務に神経を尖らせている医療関係者として、余計なことは詮索しない習慣がそうさせているようだった。

あたしは何と言い(つくろ)えばいいのか考え、緊張したけれども、結局は徒労に終わった。

あたしは看護師にトイレの場所を訊いた。彼女は笑顔で教えてくれた。


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