第58話

文字数 1,056文字

ゆきちゃんとはときどきEメールのやり取りをした。内容は、クラスメイト、テレビタレントに関する噂話や、食べ物の話、それにゆきちゃんのクラブ活動についての話だったように思う。何度か話題にのぼったのが、あたしが家を出ている理由について。

ゆきちゃんは母にも訊いているだろう。そのうえであたしに訊くということは、母は何も答えていないということだ。

あたしは答えないつもりでいた。まずは母が向き合う問題だと思っていたからだ。あたしは曖昧な返事をしておいた。

ほとんどの場合、あたしはユウヤの部屋でEメールを打っていた。携帯電話に向き合って指を(せわ)しなく動かすあたしの姿を見ていたのだろう、ユウヤはあたしに言った。

「誰とメールしてんの?」

妹だと、あたしは答えた。

すると、ユウヤは矢継ぎ早に質問をした。

「歳は? 名前は? 顔は? 怜佳に似てる? 体形は? 彼氏はいる?」

ユウヤの目は興味に溢れていた。それを見て、あたしは警戒心を持った。連れておいでよ、などと言われると、返事に困るからだ。

あたしは、ゆきちゃんの歳と名前を答え、テニスをやっていて、男子には興味がないみたいだと嘘を言った。さらに、ユウヤの興味を削ぐたに、あたしと違ってお転婆(てんば)で、男女問わずよく喧嘩をする。ときには取っ組み合いだってする、とも言った。

「あたしは妹とは対照的。あたしの子どものころは……」

あたしは自分の話にすり替えた。ユウヤは少し乗ってきた。けれども、わずかに話しただけで、すぐにゆきちゃんの身のうえに話を戻してきた。

「で、妹は怜佳に似てるの? きょうだいだもんな、似てるか」

ユウヤはさも世間話をしているかのような口調で言った。しかし、その表情にはオンナに対する興味の陰が見え隠れしていた。

あたしは警戒心を解けなかった。

「似ているかどうか、ちょっと分かんない。でも、全然モテないから、ブスなんじゃないかな。ブスだけど、あたしにとっては世界一可愛い妹」

ユウヤはあたしの目をじっと見つめた。探りを入れているようだった。

「写真ある? ブスとか言ってるけど、怜佳に似て美人なんじゃないの」

ある、と反射的に答えてしまいそうになった。

「写真……。写真はないよ」

ユウヤの表情は緩んだ。ふーん、と言って、横を向き、寝転がった。

どうだろうかと、あたしは思った。あっさりしすぎているように見えた。噓が功を奏したのか、手応えがなく、よく分からなかった。

あたしは、念のため、携帯電話からゆきちゃんの写真をすべて削除することにした。キーを操作しているとき、後ろ髪を引かれる思いだった。
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