第1話

文字数 696文字

古い長屋と近代的なビル群が入り混じった街。

そんな街にある商店街の入口で、ユウヤは一人で歌っていた。

ギターを持って。マイクまで用いて。

時間は夜の九時過ぎ。すぐ近くの駅に電車が到着すると、十数人の人が流れ、次の電車が来るまでは、ぽつりぽつりと人通りのある、そんなところだった。

ユウヤの歌唱は、うまいのかへたなのか、よく分からなかった。

でも、そこそこなのだろう。聴き入る人もいたから。

あたしが気になったのは、歌詞のほうだった。

天使だとか。お前のために命をかける、など……

ユウヤの必死そうな目を見ていると、この人は彼女を大切にする人なのだろうな、命がけで守るのだろうなと素朴に思えた。

歌を聴きに行って五度目のとき、ユウヤは声をかけてきた。このとき聴いていたのはあたし一人だった。

「いつもありがと」

ユウヤはギター片手に近付いてきて、優しい笑顔を見せた。

「上手ですね」

あたしは感謝されるのが嬉しくて、心にもないことを言った。

「お腹空かない? ずっといるだろ?」

ユウヤに()かれて、あたしは、うん、と答えた。「ずっといる」に対する返事だった。

「じゃ、何か食いに行こう。おごるよ」

困った。空腹は本当だが、それに対して返事をしたのではない、とは言いづらかった。あたしは相手の誤解を指摘するのが苦手だった。 間違いを指摘して落ち込ませるようでもあったし、雰囲気を壊すようでもあったから。初対面の人に対しては、特にそういう傾向があった。

「まじめに歌を聴いてくれてるお礼」

お礼を拒否するのも苦手だった。結局、あたしは申し出を受けることにした。空腹を満たしたいという気にもなったので。……
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