第23話

文字数 1,271文字

武男は、あたしに対しては、生活指導の教師のような態度をとった。

お前のことを心配している。

お前のためを思って言っている。

原因を検討することもなく、解決策を示すわけでもなく、ただ粗探しをしているだけなのに、こういうふうに気取っていた。

「馬鹿じゃないの」

ゆきちゃんなら、こう一蹴(いっしゅう)したはず。

しかし、いつも後ろ向きだったあたしは、ゆきちゃんのようにはなれなかった。

お前のために、と言われると、反論してはいけないような気持になった。反論すると、ものすごく悪いことをしているような気分になった。

分かりにくい説明をされた。そのとき、分かりにくい説明をする相手が悪いのではなくて、分からないこちらが悪いのだと思った。

貧乏くじを引かされる。それは引かせた相手が悪いのではなくて、引いた自分が悪いのだと考えた。

お前のため。この言葉を普通の人は親切だと感じる。それをお節介だと感じるのは、あたしが狂っているから。

武男は、こういうあたしを見抜いたのだろう。居候が習い(せい)となっている武男は、人の強み弱みに対し、妙に鼻が利くようだった。

「レイに責任感がないから、言ってるんだ。もう中学生だろ。物を大事にしたどうだ」

あたしを追ってきた武男は言った。

「だから、うっかりすることくらいあるでしょ」

あたしの声は荒くなった。

「あるかもな。で、探したのか。なくしたことを反省して、必死に探したのか」

あたしは頭に血液が昇るのを、本当に感じた。額から後頭部への輪が(ふく)れあがるようだった。

「俺はレイに立派な大人になって欲しいから……」

「うるさいっ」

あたしは叫んだ。親切でも何でも、どうでもいい。さすがにこのときばかりは限界だった。

「おじさんに買ってもらった物じゃない。とやかく言われる筋合いはないっ」

「何だと、人の親切を」

武男は詰め寄ってきた。

そのとき、ゆきちゃんが立ちあがった。

「あんた、いい加減にしなよ」

ゆきちゃんはきつい調子で言い、窓を大きく開けた。窓の外には取り壊し途中の、半壊した長屋があった。古い木と乾燥した土の(ほこり)っぽい臭いがすぐに流れ込んできた。

ゆきちゃんは続けた。

「出て行かないと、ここから大声で叫ぶよ。それから警察を呼ぶ」

「何だとう」

武男は顔を紅潮させた。

「叫ぶよ」と、ゆきちゃんは外に向かって叫んだ。

武男は何かを言いたそうな顔をした。

「早く」

ゆきちゃんは問答無用という目をしていた。

武男の顔には苦虫を噛み(つぶ)したような表情が浮かんだ。

「早く出て」

「ふん。お前ら二人ともあの女の娘だよ」

武男は憤懣(ふんまん)やるかたない様子を見せて、退散した。

「お母さんを馬鹿にするな」

ゆきちゃんは、武男が閉めた部屋の戸を開けようとした。あたしは目の前のゆきちゃんに抱き付いた。あたしはゆきちゃんの胸で涙をこぼした。

「あんな奴の言うこと、気にする必要なんてないよ」

こう言って、ゆきちゃんはあたしを抱きしめてくれた。

あたしが泣く理由は、もちろん武男の言葉が原因ではなかった。だから、違うの、違うの、と小さく首を振った。
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