第60話
文字数 1,383文字
「何してた」
ユウヤはあたしに訊いた。
「何って……。お茶飲もうって言うから……」
あたしは同意を求めるように男を見た。
「茶ならその辺で飲めるだろ。何で車に乗るんだ」
「あたしは……」
「お前に言ってんだよ」
ユウヤは男に言った。
「あんたは?」
男は言った。焦っているのが一段高くなった声と瞬 きを忘れたかのような目とに読み取れた。
「兄貴だよ。俺の妹をどこに連れて行こうとしてたんだ」
「どこにって、僕はただ……」
「ただ何だよ。誘拐しようとしてただろ」
「お茶に誘っただけだよ。誘拐だなんてとんでもない」
「うるせえ。中学生を茶に誘うって何だ。お前、叩けば埃 が出てきそうだな。とにかく警察だ」
「何で警察なんて」
「つべこべ言うな」
ユウヤはこちらを向いて、お前は先に帰ってろ、と言った。
そう言われても、あたしはすぐには帰りかねた。さすがに「誘拐」は言い過ぎではないかと思った。
「早くしろ」
ユウヤの語気には、あたしのどんな言葉も受け付けるつもりはないという意力 が込められているようだった。あたしは言われた通り、一人で部屋に帰った。
帰っても、何もする気になれず、あたしはしんとした部屋のなかで、じっと座っていた。
しばらくすると、ユウヤも戻ってきた。
「ばっちりだ」
ユウヤは嬉しそうだった。あたしの気分は沈んでいた。
「もしかして、お金を脅し取ってるの」
あたしは訊いた。ユウヤはこちらを見もせず、
「いいんだよ。あんなスケベ親父からは」
「だって……」
「いいんだって。あいつだって後ろめたいことがなければ金なんて払わないし、警察にだって堂々と行くだろ」
あたしは沈黙した。ユウヤは一緒になって喜ばないあたしに腹を立てたのか、強い口調で言葉を投げかけた。
「じゃ、お前が稼ぐか」
「アルバイト考える」
ここに来てから、働けるところがないか確かめるため、アルバイト紹介誌を眺めたことがあった。果たして、あたしが働けるところはなかった。ほとんどが高校卒業を資格としていて、たまに学歴不問とあっても、十六歳以上を条件としていた。
強がってみたものの、現実には、あたしが働くのは困難だった。
ユウヤは強がったあたしに「じゃ、バイトしろ」とは詰め寄らなかった。逆にたしなめた。
「わざわざバイトなんて探さなくてもいいだろう」
「だって『稼げ』って」
「俺の言うこと聴いてりゃバイトしてることになるんだよ」
少し拍子抜けした。突き放しておきながら、すぐに態度を軟化させたのは、恐らく、ユウヤはすぐに自分の自由になるお金が欲しかったところに理由があるのだろう。
「中学生が働くことなんてできないぜ。俺の言う通りにしてたらいいんだよ。お前はただナンパされればいいだけなんだから楽なもんだろ」
ユウヤは、じっとあたしを見た。あたしの心の傾きを探っているようだった。しかし、あたしの表情が変わらないからか、こんなことも言った。
「悪いことしてないから。悪いのは向こう。謝罪の気持ちを受け取っているだけだと思えばいい。痛い目に遭 えば、二度としないだろ。被害者を減らすことになる。人助けだ」
あたしは公園での一件を思い出した。あの男もいつか痛い目に遭うのだろうか。
それにしても都合のいい理屈だと思った。どの口が言うのかとも思った。しかし、あたしは何も言わなかった。金銭的な負い目があたしを黙らせた。それでずるずると、これとは別に、二度ほど同じことを繰り返した。
ユウヤはあたしに訊いた。
「何って……。お茶飲もうって言うから……」
あたしは同意を求めるように男を見た。
「茶ならその辺で飲めるだろ。何で車に乗るんだ」
「あたしは……」
「お前に言ってんだよ」
ユウヤは男に言った。
「あんたは?」
男は言った。焦っているのが一段高くなった声と
「兄貴だよ。俺の妹をどこに連れて行こうとしてたんだ」
「どこにって、僕はただ……」
「ただ何だよ。誘拐しようとしてただろ」
「お茶に誘っただけだよ。誘拐だなんてとんでもない」
「うるせえ。中学生を茶に誘うって何だ。お前、叩けば
「何で警察なんて」
「つべこべ言うな」
ユウヤはこちらを向いて、お前は先に帰ってろ、と言った。
そう言われても、あたしはすぐには帰りかねた。さすがに「誘拐」は言い過ぎではないかと思った。
「早くしろ」
ユウヤの語気には、あたしのどんな言葉も受け付けるつもりはないという
帰っても、何もする気になれず、あたしはしんとした部屋のなかで、じっと座っていた。
しばらくすると、ユウヤも戻ってきた。
「ばっちりだ」
ユウヤは嬉しそうだった。あたしの気分は沈んでいた。
「もしかして、お金を脅し取ってるの」
あたしは訊いた。ユウヤはこちらを見もせず、
「いいんだよ。あんなスケベ親父からは」
「だって……」
「いいんだって。あいつだって後ろめたいことがなければ金なんて払わないし、警察にだって堂々と行くだろ」
あたしは沈黙した。ユウヤは一緒になって喜ばないあたしに腹を立てたのか、強い口調で言葉を投げかけた。
「じゃ、お前が稼ぐか」
「アルバイト考える」
ここに来てから、働けるところがないか確かめるため、アルバイト紹介誌を眺めたことがあった。果たして、あたしが働けるところはなかった。ほとんどが高校卒業を資格としていて、たまに学歴不問とあっても、十六歳以上を条件としていた。
強がってみたものの、現実には、あたしが働くのは困難だった。
ユウヤは強がったあたしに「じゃ、バイトしろ」とは詰め寄らなかった。逆にたしなめた。
「わざわざバイトなんて探さなくてもいいだろう」
「だって『稼げ』って」
「俺の言うこと聴いてりゃバイトしてることになるんだよ」
少し拍子抜けした。突き放しておきながら、すぐに態度を軟化させたのは、恐らく、ユウヤはすぐに自分の自由になるお金が欲しかったところに理由があるのだろう。
「中学生が働くことなんてできないぜ。俺の言う通りにしてたらいいんだよ。お前はただナンパされればいいだけなんだから楽なもんだろ」
ユウヤは、じっとあたしを見た。あたしの心の傾きを探っているようだった。しかし、あたしの表情が変わらないからか、こんなことも言った。
「悪いことしてないから。悪いのは向こう。謝罪の気持ちを受け取っているだけだと思えばいい。痛い目に
あたしは公園での一件を思い出した。あの男もいつか痛い目に遭うのだろうか。
それにしても都合のいい理屈だと思った。どの口が言うのかとも思った。しかし、あたしは何も言わなかった。金銭的な負い目があたしを黙らせた。それでずるずると、これとは別に、二度ほど同じことを繰り返した。