第55話

文字数 1,029文字

「ほら、ここ。ごみが落ちてる」

あたしは手を休めて、ユウヤの指摘した紙切れを取りに動く。

「さっさと終わらせろ、他にやることがあるんだから」

あたしはユウヤの部屋の掃除をしていた。

「いさせてやるんだから、家事くらいしろ」――こういうことだった。

あたしのほうから助けを求めたので、ユウヤは余裕を持ってあたしに対した。ごみもごみ入れもユウヤの(そば)にあるのに、わざわざあたしを呼び付けるのだった。

あたしは紙切れをごみ入れに捨てると、元の場所でキッチンの前の窓を、内側から、そして外に出て廊下側から拭いた。

窓には防犯用の面格子(めんごうし)が付いていた。()びて()げ茶色をした金属のうえに、薄く剥がれた水色の表面が、ところどころ()り返っていた。

あたしはときどき反り返った部分を剥がしながら、華奢(きゃしゃ)な格子のあいだに手を入れ、タオルでガラスを擦った。

「そのタオル、雑巾にしてしまおうか」

窓を拭くにしても、雑巾などなかったので、古いタオルを渡されていたのだった。

「じゃ、これからこれを」

「縫える?」

「これくらいなら」

家庭科の授業で縫ったことがあった。上手だと褒められ、いいお嫁さんになれるねと言われたことがある。

「じゃ、縫って」

「針と糸は?」

「あ、ねえや」

これで雑巾の話はなくなった。

部屋の隅には、コンビニの袋に入れられたごみが積まれて、小山になっていた。もちろん分別などされていなく、燃えるごみも燃えないごみも、ビンも缶も一緒に入っていた。

ユウヤは、小山を解体して、一から分別するようにあたしに命じた。あたしは従った。数時間かかった。

食事の準備もあたしの仕事。でも、あたしは料理を知らず、何もできなかった。

「何ならできるの」

ユウヤはあきれたように言った。

「卵焼き……」

「じゃ、覚えろよ。人間、努力することが大切だ」

ユウヤはベッドに腰をかけ、ギターを磨きながら言った。

誰かに教えてもらうことは望めないので、書籍で学ぶことにした。

あたしは図書館がどこにあるのか知らなかった。仮に知っていたとしても、図書館に料理本があるなどと思いもしなかったので、行くことはなかったなかったはずだ。

代わりに、あたしは書店に通った。そこで立ち読みをし、何品か作れるようになった。チャーハン、(かれい)の煮つけ、豚のショウガ焼き……

ユウヤに渡されるお金は少ないので、あたしは三ヵ所のスーパーを回った。新聞を取っていなかったので、チラシを検討することなどできなかった。
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