第62話
文字数 1,164文字
数日後、ユウヤはあたしに携帯電話を貸してくれと言い出した。自分のものは故障したらしい。
あたしは、多分通話料が払えないのだろうな、と思った。
いずれにしても、あたしは居候の身、拒否はできない。
ユウヤはあたしから携帯電話を受け取ると、外出した。部屋を出る前、玄関で、
「バイト」
これだけ言った。
あたしは掃除などをしたあと、部屋の隅にあった紙の束を手にした。歌詞が書かれている。文字は相当な金釘 流で、初見では七割くらいは読めないはずだ。
あたしは他にすることもないので、最低限の用事が済んだあとは、謎解きに挑戦していた。
読めない文字があるとき、知っている歌詞のなかに同じ形の文字がないか調べた。なければ、全体のなかに、その文字を探した。見つけると、その文字の含まれる文脈から、該当箇所の単語を取り出し、その単語から、その文字の正解を割り出した。
『て〇し』なら、『きみはぼくのて〇し』から、『て〇し』は『てんし』だろうと考え、『〇』は『ん』だ、という具合に。
漢字が少なく、ひらがなの多い歌詞だった。 五十音のすべてが読めないわけではないので、こういう作業もすぐに終わってしまった。
歌詞はかなり書かれていたけれども、文言は同じようなものが多かった。
「自分をしんじてすすめ」
「さいごは自分だから」
「うそはあいを殺す」
あたしはこれらを読んで、そうだと思えた一方、違和感もあった。あたしが子どもだから違和感を覚えるのか、大人でも覚えるのか、判断はできなかった。
ユウヤが帰ってきた。
「ケータイ返して」
あたしはユウヤから携帯電話を受けとると、ゆきちゃんにEメールを送った。
「ケータイ人に貸すから、ゆきちゃんからメールはしないで」
ユウヤに貸す前に送るべき内容だったろうが、うっかりしていた。
ゆきちゃんからは「了解」と来た。
ユウヤは自分の携帯電話も持ち歩いていた。その携帯電話をベッドに投げ、トイレに入った。すると、その携帯電話が短く鳴った。Eメールの着信音ではないかなと思えた。故障しているのは嘘だと思っていたので、その点については不思議ではなかった。しかし、料金未払いだとすれば、どういうことになるのだろう。
「ケータイ鳴ってたよ」
トイレから出てきたユウヤにあたしは言った。
え? と、ユウヤは一瞬顎 を引いて、携帯電話を取り、ズボンのポケット入れた。
「故障してても、音鳴るの?」
あたしは訊いた。
「え、ああ……よく分かんないけど、鳴るんだな」
「メールじゃないの」
「じゃない、じゃない。ただのアラーム」
「あんな短い?」
「ま、そうなんだろ。壊れてるからな。それよりメシ。おっと、その前に俺はもう一回トイレ。腹がな……」
ユウヤは携帯電話を持って、トイレに入った。
その日、トイレから出てきても、食べているときも、寝ているときも、ユウヤは自分の携帯電話を手放さなかった。
あたしは、多分通話料が払えないのだろうな、と思った。
いずれにしても、あたしは居候の身、拒否はできない。
ユウヤはあたしから携帯電話を受け取ると、外出した。部屋を出る前、玄関で、
「バイト」
これだけ言った。
あたしは掃除などをしたあと、部屋の隅にあった紙の束を手にした。歌詞が書かれている。文字は相当な
あたしは他にすることもないので、最低限の用事が済んだあとは、謎解きに挑戦していた。
読めない文字があるとき、知っている歌詞のなかに同じ形の文字がないか調べた。なければ、全体のなかに、その文字を探した。見つけると、その文字の含まれる文脈から、該当箇所の単語を取り出し、その単語から、その文字の正解を割り出した。
『て〇し』なら、『きみはぼくのて〇し』から、『て〇し』は『てんし』だろうと考え、『〇』は『ん』だ、という具合に。
漢字が少なく、ひらがなの多い歌詞だった。 五十音のすべてが読めないわけではないので、こういう作業もすぐに終わってしまった。
歌詞はかなり書かれていたけれども、文言は同じようなものが多かった。
「自分をしんじてすすめ」
「さいごは自分だから」
「うそはあいを殺す」
あたしはこれらを読んで、そうだと思えた一方、違和感もあった。あたしが子どもだから違和感を覚えるのか、大人でも覚えるのか、判断はできなかった。
ユウヤが帰ってきた。
「ケータイ返して」
あたしはユウヤから携帯電話を受けとると、ゆきちゃんにEメールを送った。
「ケータイ人に貸すから、ゆきちゃんからメールはしないで」
ユウヤに貸す前に送るべき内容だったろうが、うっかりしていた。
ゆきちゃんからは「了解」と来た。
ユウヤは自分の携帯電話も持ち歩いていた。その携帯電話をベッドに投げ、トイレに入った。すると、その携帯電話が短く鳴った。Eメールの着信音ではないかなと思えた。故障しているのは嘘だと思っていたので、その点については不思議ではなかった。しかし、料金未払いだとすれば、どういうことになるのだろう。
「ケータイ鳴ってたよ」
トイレから出てきたユウヤにあたしは言った。
え? と、ユウヤは一瞬
「故障してても、音鳴るの?」
あたしは訊いた。
「え、ああ……よく分かんないけど、鳴るんだな」
「メールじゃないの」
「じゃない、じゃない。ただのアラーム」
「あんな短い?」
「ま、そうなんだろ。壊れてるからな。それよりメシ。おっと、その前に俺はもう一回トイレ。腹がな……」
ユウヤは携帯電話を持って、トイレに入った。
その日、トイレから出てきても、食べているときも、寝ているときも、ユウヤは自分の携帯電話を手放さなかった。