第104話

文字数 863文字

「呼ぶのか呼ばないのか、はっきりしろよ」

好きにしてくれという気分だった。けれども、ここで「勝手にしなよ」と言えば、男はむきになってインターフォンを押すだろう。いまの気分は「どうでもよい」であっても、あとで実際に痛い目に遭うとやはり後悔しそうだった。

「押さなくていい」

あたしは言った。

ふん、と男は鼻を鳴らし、「よし」と言って、あたしのバスタオルを()いだ。そして、腰に巻いていた自分のそれも取り去った。

「見ろ」

男は勃起したペニスを見せた。あたしはちらりとそれを見て、男の顔に目を移した。薄暗い影に差された男の顔は無表情だったが、目(もと)には多少の力がこもっているようだった。

あたしは疲労感と倦怠感に負かされて、顔をそむけ、目を閉じた。男はそんなあたしに身体を重ねてきた。

「中学生にこんなこと許されるの?」

あたしは(ささや)いた。殴られるかもしれないと覚悟のうえだった。

男は動きをとめた。あたしは目を(つむ)っていたので、男の表情を見ていない。

男はしばらくじっとしていた。しかし、また動き始めた。男は小さな呻き声をあげるまで、ずっと黙っていた。終わったあと、男は言った。

「うさぎちゃん、意地悪なこと言っちゃ駄目だよ。素直でいなくちゃ」

あたしは何も応えなかった。意識の大半は眠っているようだった。

男が帰ったあと、ヘグ婆が来て何か言っていたけれども、何を言っていたのか覚えていない。あたしはただひたすらに身体が重く、頭が痛く、寒かった。心も溶けているようで、自分の気持ちがどこにあるのか分からなかった。

呼吸が自然にできず、力を要したので、眠りにくかった。うとうとして目が覚めるたびに、「ああ、眠ることができたのか」と思っていた。

恢復(かいふく)するには充分な栄養と休養とが必要なのだろうが、どちらも望めそうにない。このままだともっと悪化するのだろうな、とぼんやり考えていた。

髭男とヘグ婆とに私刑(リンチ)を受けたとき、とてもではないが死ぬことなどできないと思った。しかし、もしこのまま眠るように死ねるのなら、それでいいかもと思い始めていた。このまま眠って、目が覚めなければ……
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