第42話

文字数 745文字

「放課後、準備室に来い」

「え?」

あたしは思わず振り返った。

「聞こえただろ? そのままだ」

松島の眼光は鋭く、有無を言わせない強さを宿していた。松島はその刺すような視線を向けて念を押した。

「必ずだぞ」

松島は他の生徒たちのほうへ歩いて行った。

あたしは松島の後姿を眺めながら、重たい気持ちになった。授業以外に松島と顔を合わせるなど、ちらりと考えただけで身体中に蕁麻疹(じんましん)が現れそうだった。

用件は何なのだろう。

松島は生活指導の担当なのだから、あたしの生活態度に関することなのだろうか。

まさか、絵の描き方の個別指導ではあるまい。松島の丸く膨れあがった頬が近付いてくる光景を想像してしまった。

すると、不意に肌が粟立った。そしてそれが、ヒロに触られているときの記憶を蘇らせた。

もしかすると、あたしとヒロに関することだろうか。

思考が悪い方へと伸びた。

誰かがこっそり見ていたとすれば……

それについて生徒同士で話しているのを松島が耳に挟んでいたとすれば……

それどころか、告げ口をした者がいるかもしれない……

いや、あるいは松島自身が目撃していたとすれば……

あたしは松島の歩く姿を目で追った。呼び出すのであれば、あたしだけでなくヒロも呼び出すはずだ。

ヒロは幾人かで集まっていた。松島はその集団に足を向け、ヒロと言葉を交わしたようだが、大事そうな顔付きをしているようには見えなかった。ヒロも深刻な表情をしていなかった。

そもそも、あたしとヒロとの行為が皆の知るところであれば、もっと騒ぎになっているはずだ。そんな騒ぎなどなかった。

案外、松島はあたしの孤立を見抜いて、励ましたり、相談に乗ってくれるのかもしれない。

あたしは臆病な自分をいやだなと思ったけれども、一抹の不安は拭えなかった。
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