第113話

文字数 1,073文字

「サイト―さん」

鍵を()し、あたしは呟きながら、三一一〇とテンキーを押した。エラーが表示された。次に三一一三と押した。これもエラーだった。

心臓が高鳴っていた。もうやめたほうがいいのではないか、無暗に押すとバレるのではないかという懸念が頭を(よぎ)った。三試行くらいでロックがかかってしまいそうだ。

ほんの少し時間が経っただけなのに、早く出なければと気が()いた。

「サイトーさん。三一一〇三……」

四桁とは限らないかもしれない。あたしは不意に思い付いて、これを最後にと、五桁を入力してみた。

カチャンと金庫の扉が浮いた。あたしはそれを開いた。なかには札束があった。ほとんどが壱万円札だ。十センチくらいの三つの束が目立った。

運転資金なのか、貯金なのか、脱税に関するものなのか、もちろんあたしには分からない。でも、あの二人のすることなのだから、「悪いお金」なのだろうと想像した。

あたしは緊張しながら金庫の扉を閉め、部屋を出た。

「あのなかには、あたしを(もてあそ)ぶために支払われたお金もあるはずだ」

そのお金が隠されていることと、あたしが監禁されていることとを重ねると、あたしの存在も闇に葬られているように思え、胸が重くなった。

一生このままなのだろうか。若さが失われたとき、あたしは本当にゲテモノ小屋に送り込まれるのだろうか。

「駄目だ」

先のことなど考えるのは駄目だ。何も考えない。そう、あたしはふくろうだ。こんな暗いところに生きているのだから、ふくろうだ。

「ほーほー」

しばらくうとうとして気が付くと、階下が騒がしくなっていた。

「あたしは監禁されているの。誰か助けて」

いまあたしが下に行って、こう叫んだら、誰か警察に通報してくれるのだろうか。そう考えて、あたしは実際に階段を下りたことがある。そっと階段を下り、扉を開けようとしたけれど、鍵がかかっていた。それをどんどんと叩いて、騒いだらどうなるだろう。

恐らく何も期待できないに違いない。どんな客がいるのか分からないけれども、類は友を呼ぶ、だ。あたしが監禁されているのを知ったとしても、珍しい犬を観るかのように、面白がるだけではないだろうか。そうでないと、あたしを自由にしたりしないはずだ。

「また余計なことを考えてしまった」

あたしはふくろうだ。ふくろうになれば、悩みはなくなる。

「ほーほー」

何も考えない。行き当たりばったりだ。

「ほーほー」

そう言えば、空腹だ。ふくろうは空腹を感じるのだろうか。空腹でなくても、反射的に自身よりも小さな獲物を捕らえるのだろうか。

あたしは雑念を追い払おうと、経を読むように、鳴き真似(まね)に専念した。

「ほーほー」

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