第119話

文字数 929文字

創希は髪を切って、坊主頭にした。それから貯金を用いて金髪の(かつら)を買った。扮装用の鬘は意外に安価だったそうだ。服装もそれ相応に崩し、「与田」に近付こうとした。

ある日、「与田」はパチンコをしていた。しかし、玉は出ていなかった。創希は店内を見回し、玉の入った箱を積みあげている人に声をかけ、二箱譲ってもらった。

創希は玉の相場を知らなかった。だから吹っかけられるだろうと想定していたが、どの程度法外なのかは分からないままだった。

創希は箱を持って、「与田」の隣に座った。「与田」はぎっしりと玉の詰まった箱にちらりと鋭い視線を送ったらしい。

「兄さん、どうぞ」

創希は「与田」の前に箱を出した。「与田」はその表情に遠慮なく警戒心を露わにしたそうだ。

「よかったら、好きなだけ取ってください」

「何だよ……」

「与田」は創希を睨み付けていた。

「自分も貰ったんすよ。『幸運のお裾分(すそわ)けだ』って。……で、出たんで、自分もお裾分けしようかなって」

創希は、半ば事務的に、半ば親しみを込めて、淡々と言った。

「与田」はしばらく創希を見たあと、

「いいのか?」

「どうぞ、どうぞ」

創希は笑顔で応じ、上皿に玉を目一杯に流し込んだ。

「悪いな」

「いえいえ」

創希はパチンコをしたことがなかった。「与田」の球筋を観察するふりをして、何か特別な操作が必要ないのか窺った。何もないようだ。ただハンドルを回せばいいらしい。

創希もパチンコを始めた。結果など気にしなかったが、途中、大きく舌打ちをしたりして悔しそうな演技をした。創希の持ち球は増えたり減ったりした。

「与田」が急にツキ始めたらしく、玉をわんさか出した。

創希は「与田」を横目で見ながら、おそらく彼のようなタイプの人間はとことんまでやるのだろうと思った。時間が気にならないわけではなかったが、想定内だ。夜中まででも付き合ってやる、と覚悟を決めたらしい。

しかし、その心配はなかった。「与田」は「打ち止め」にされてしまったのだ。

創希は「与田」が立つのに合わせて、立った。

「これもどうぞ。これくらいだったら、自分はもういいんで」

創希は自分の持ち球を「与田」の玉に足した。創希は玉の処理のしかたを知らなかったのだ。

「ツキが全部こっちに来たな」

「与田」は上機嫌だったそうだ。
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