第127話

文字数 1,145文字

弾ける音をぶち破って、大きな音がした。

重い(まぶた)をどうにか開けると、屈強な影が降ってきた。何か叫んでいる。

取り囲まれた。

舟のような狭い空間にすっぽり身体が収められた。

宙に浮いた。

がたがた、ふらふらとし、衝撃があって、ブランコのように揺れ、ゆっくりと沈んでいく。

とまった。ブーツや靴が見える。

涼しい。息が楽だ。

「一、二のっ」、かけ声と共にあたしの身体はぶんと浮き、すぐにどすんと落とされる。移された。

がらがらとあたしは寝たまま動いていく。

「あ、その()は」

ヘグ婆の声?

「ご家族の方?」

「あ、いや……」

ヘグ婆は口ごもった。

「この娘を知ってるんですか」

「いえ、知り合いに似てたものだから……」

あたしはまた動き出した。ストレッチャーに乗せられているようだ。がらがら。がらがら。

やがて狭い空間に収まった。白い蛍光灯の光が眩しい。バックドアが閉められた。指に何かを挟まれ、腕にも何か巻かれる。口に何かを付けられた。酸素マスクのようだ。救急車なんだ。

「分かりますか」

顔に手を当てられ、はっきりした声で訊かれた。瞳の濃い、力強い目をした人だった。あたしは何も答えなかった。そういう計画だ。ここからは計画通りだ。しかし、計画通りでなくとも、意識は朦朧(もうろう)としている。

「お名前言えますか」

これにも答えなかった。

「さっきの男性いただろ。俺たちに『なかに女の子がいる』って教えた、金髪の。彼を捜してこい。何か知ってるかもしれない」

瞳の濃い人は横にいた隊員に話しかけた。話しかけられた隊員は車を降りていった。(そば)ではまた別の隊員が連絡を取っているようだ。

「二十歳前後、女性。意識混濁。COを大量摂取の可能性。体温三十七度三分、サーチレーション八十九も、酸素投与で九十二。血圧……」

外は騒がしい。消防車のサイレンも、救急車のサイレンもまだ響いている。人の叫び声も聞こえる。

しばらくして、隊員が乗り込んできた。

「さっきの男性、どこにいるか分かりません。野次馬が多くて」

「そうか。もういい」

「市民病院、受け入れOKです」

連絡を取っていた隊員が言った。

「よし、行こう。ベルトして」

サイドドアも閉められ、喧騒が遠くのものになった。あたしの身体はベルトで固定された。

ほどなく救急車が揺れ、力強いアナウンスが流れた。

『救急車が通ります。進路を譲ってください。救急車が通ります。進路を譲ってください』

そして、耳が痛くなるほどのサイレンが鳴り、救急車は滑り出した。

「ゲテモノ小屋に売られるかもしれない」

当初、何度こう思っただろうか。あれから随分と月日が流れた。ほとんど諦めていたのに、いまあたしは助かろうとしている。

ほっとすると、不意に涙がこぼれた。

「大丈夫ですよ。病院では先生たちが待ってくれていますから」

傍にいる隊員がハンカチを当ててくれた。

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