第8話

文字数 625文字

途中、サイレントモードの携帯電話がポケットのなかで震えた。さっきから何度も着信があった。ご馳走になっているときに電話に出るのは失礼だと思って、放っておいたのだ。相手は誰だか分かっている。ヒロだ。出ないとうるさいのだけれども、しかたなかった。

ただ、いまは違う。ユウヤの事情に付き合うのだから、電話くらい出てもいいはずだ。しかし、あたしは戸惑った。

電話に出れば、あたしはヒロに謝ったり、ヒロをなだめたりしなければならない。そういう姿をここでユウヤに見られたくなかった。結局、電話には出られず、迷いながら歩いた。

「お兄さんの彼女さんは幸せですね」

あたしは言った。お世辞も含んでいた。

「俺は女を大事にするから」

ユウヤの恋人が輝いて見えて、あたしは自分が情けなく思えた。

しばらくすると、人通りの寂しい道を歩くことになった。ユウヤの抱える鞄が揺れるたびに、ぎゅっ、ぎゅっと鳴った。商店街では聞こえなかった音だ。

「ん? もしかして、電話鳴ってる?」

ユウヤは耳聡(みみざと)いようだ。

「あの、これ……」

あたしは携帯電話を取り出し、ユウヤに示した。電話はブーン、ブーンと鳴っている。

「もしかして、彼氏」

あたしは否定しなかった。

「出るのが恐い?」

「え? どうして」

「すぐに出ないから。俺に遠慮しなくてもいいよ」

出るしかなくなった。あたしは折り畳みの携帯電話を広げた。手が少し震える。すると、ユウヤはあたしの携帯電話を奪った。

「これ、邪魔だね」

ユウヤは携帯電話をバキッと折ってしまった
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