第121話

文字数 796文字

「あんなところか。あそこのどこだよ」

「店の名前、覚えてないっす」

「どの辺りににある?」

創希は答えに窮した。店の名前は幾つか記憶にあった。しかし、それを答えて、もし元川がその店を具体的に知っていた場合、嘘がバレてしまう。

若人(わこうど)通りか」

元川が先に言った。

「いやあ……、若人通りって、どの辺りっすかね。自分、よく分かってないんすよ」 

「ほら、ここあるだろ……、ここ入口があって……」

元川は爪先で地面に架空の地図を描き始めた。創希は曖昧(あいまい)に元川の地図うえを足で押さえた。それは入口を入ってすぐの店だった。

「この辺りですかね。行ってみないと、ちょっと分からないですね」

「この辺りって、お前、妖怪通りじゃないか。お前、誰でもいいの」

「いやあ、そういうわけじゃないんすけど、いろいろ物色してる人いるじゃないですか、歩き回って。あんな真似は自分にはできないんで、まあ、目に付いたとこに飛び込んだ感じっすかね」

「それで、できたの?」

「まあ、一応」

「え? もしかして、お前、何回か通ってるの」

創希は答えに困った。「通ってる」と言えば、相手の女性にある程度詳しくないといけない。

「通ってるって言うか、あの辺りの店に何回か。同じ店に入ったかどうか、覚えてないっす」

元川は吹き出すように笑った。

「とにかくしたいってか。あははは」

「いやー、何か恥ずかしいっす。ホントはもっと……」

「若いのがいいんだろ」

元川はにやにやとして創希を見る。

「若いって言うか、ロリって言うか……」

「そうなのか」

「まあ、恥ずいすっけど。……中学生くらいがいたら燃えるんすけどねえ。そんなのいるわけないし」

創希は言いながら、元川を見ないようにした。下手な演技の裏に隠れているこちらの意図が見透かされるのではないかと恐れていた。

しばらく沈黙が流れた。

創希はそれとなく元川を見た。元川はこちらを見ていた。創希が目を逸らそうとすると、

「お前、金持ってるか」

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