第40話

文字数 1,063文字

松島はあたしたちの美術教師だった。生活指導の主任を兼ねていて、それらしく校則違反について口うるさかった。また暴力的でもあった。

松島は、授業中、しばしばこう言った。

「物分かりのよい教師を俺に期待するなよ。最近、体罰が駄目だの、心のケアだの、甘っちょろいことをホザいてるけど、俺には関係ないぞ。人間はな、教育されて人間になるんだ。お前たちみたいに教育を受けている途中のガキなんぞ猿みたいなもんだ」

松島は態度も口調も勇ましかった。しかし、その外見は対照的だった。色白の小太りで、腕も手も丸かった。手は丸いうえに、小さかった。とても鍛えられているようには見えないのだけれども、不釣り合いにも、常に竹刀を持ち歩いていた。

そうして、ときどき、「いいか、口答えなんてしたらこうだぞっ」と、竹刀を床に叩きつけて見せるのだった。

生徒は皆、表情を固めたり、いやな顔をしていた。あたしも嫌悪感を持った。

「猿に芸術を学ばせて意味あるのか」

陰でこんな皮肉を言う生徒もいた。あたしもそう思った。もちろん、あたしを含め、クラスメイトは誰も何も言わなかったけれども。

しかし、創希は意見したらしい。そうして、松島に問答無用で叩かれたそうだ。

松島は親から抗議を受けても、どこ吹く風といった様子だった。

「PTAが何と言おうが、教育委員会が何と言おうが、そんなもの俺には関係がない」

現在では問題にされるであろうこうした松島の態度も、当時は、まあ厳しい教師といった評価で済んでいた。松島のような教師がいないと対応できない生徒もおり、我が母校では、手っ取り早い方策として、松島の態度も竹刀も容認していたようだ。

こんな松島に連れられて、暑さの落ち着いたある日、あたしたちは写生するために河川敷に向かった。

堤防のうえに立つと、空は広がった。

秋なのに、天の高くない日だったけれども、ときどき日は差した。

すぐ(そば)ではエンジンの音がうるさく響いていた。草刈りが行われていたのだ。刈られたばかりの草が、瑞々(みずみず)しい緑を見せていた。

「自由に描け。ただし、私語はするな」

松島は言った。相変わらず、竹刀を持っていた。

あたしは草刈り機から多少の距離を空け、刈られたばかりで芝のように短くなった草のうえに、虫がいないことを確かめてから腰をおろした。濃い緑の匂いが、すぐにあたしを包んだ。

皆、好きな者同士が集まって、思い思いの場所でペンを走らせていたけれども、あたしは独りだった。

周囲を見渡し、少し寂しい思いをしながら、あたしは配られた画用紙に線を引き始めた。
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