第9話

文字数 966文字

「何すんのよっ」

あたしは怒った。

「これが悩みの原因だろ。だったら捨ててしまえばいい」

「そんな」

あたしにはヒロにものをはっきり言えないという負い目があった。ユウヤの言葉はその負い目にズバッと突き刺さった。

「これくらいの荒療治をしなければ、こいつは変われない」

ユウヤの無言のメッセージが聞こえてくるようだった。それはよく耳にする「お前のこと思って、厳しくするのだ」に重なった。

しかし、携帯電話は母に買ってもらったものだ。携帯電話に罪はない。納得し難いと思っていると、

「ケータイは弁償するよ」

ユウヤはあたしを見た。そして真剣な顔をして続けた。

「いまは彼氏のことは忘れてほしい。二人だけの時間を大切にしたいんだよ」

「二人だけの時間って……、彼女さんは」

「そういう問題じゃないんだよ」

では、どういう問題なんだろう。

「一期一会って知ってる?」

ユウヤはあたしに訊いた。あたしは正確には知らなかった。

「中学生にはまだ難しいか。一人一人とちゃんと向き合うってことだよ。彼女だとか、そんなの関係ないから。怜佳が男だったとしても、俺は同じことを言うよ」

他人の携帯電話をいきなり破壊するという暴挙を前にして、あたしの頭は(しびれ)ていた。そのせいか、正誤、善悪の境界が曖昧になっていた。そんな頭で、

「もしかして、この人は袖振り合うも他生(たしょう)の縁と考えてあたしに関わっているのだろうか」

と、考え、あたしのような中学生であっても、真剣に対してくれていると嬉しく思い始めていた。

単純すぎないか。あるいは、無防備すぎないか。頭の隅に、そんな思いはあった。

しかし、あたしの心の底に、自分では制御できない、脳を支配する何かが潜んでいた。優しい言葉をかけられると、その何かが、(うつぼ)のように飛び出してくる。すると、どうしようもなく切ない気持ちにさせられ、また、どうしようもなく懐かしい気持ちにさせられ、相手にしがみ付きたいという欲求に駆られるのだった。

この欲求が警戒心を抑え込んでいた。結果、現実を無視して、あたしはユウヤを善人だと決め付けてしまっていた。全く見知らぬ男なら、もう少し警戒はしただろう。けれども、あたしはユウヤの歌を五回も聴いているうえに、今日は向かい合って食事までしたのだ。全くの未知ではなかった。歌詞には優しさが(あふ)れている。ユウヤを悪い人だと言い切れるのだろうか。
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