第34話

文字数 1,614文字

あたしが何も言わなかったのを見て、自分の考えが正当なものとして通ったと思ったのか、ヒロはあたしを抱き寄せ、愛してるよと(ささや)いた。それからあたしに訊いた。

「レイは」

あたしはすぐには答えられなかった。

「怜佳はどうなの」

ヒロは返事を要求した。

「あたしも……」

ヒロは満足そうにあたしの頬にキスをすると、次にあたしを後ろ向きに抱きしめた。

窓の向こうに、運動場を挟んで、体育館が見えた。その建物は二階が講堂で、一階には理科の実験室や技術室、また美術室があった。運動場に面しているのは、実験室と技術室。

あたしは、そこに人影がないか、目を凝らした。こちらから見えるということは、向こうからも見えるはずだから。

幸いにも、人影はないようだった。

あたしはヒロに胸を揉まれながら、誰か来ないかと、周囲にも気を配った。

ヒロはあたしのスカートを捲り、すっとパンティを下ろした。

「やめて」

あたしは小声で言った。

「いいから、突き出して」

ヒロはあたしのお尻を引いた。すぐに、あたしの陰部に接するものがあった。指だと思った。が、ペニスだった。

ヒロは膣に突き立てようとした。もちろん入らない。

極度に興奮していたらしく、ヒロは何度か擦り付けると、すぐに射精した。熱い液体が、股間に流れた。

ヒロが離れると、スカートは元に戻った。そのなかで、精液が太ももの内側を垂れた。あたしは女子トイレに入り、紙でそれを拭った。

トイレを出ると、ヒロの姿はなかった。

やっぱり、あたしは……

いや、これからヒロを知る機会が訪れるのだ。

あたしの気持ちは、二つのあいだを揺れ動いた。

けれども、都合よく扱われているという根拠はあっても、愛されていると思える根拠はなかった。

あたしは憂鬱(ゆううつ)になった。

また、このころ、性に対して興味のある自分を発見していた。そのうえで、対等でないことに対する苛立(いらだ)ち、さらに、まだ中学生なのにという罪悪感が、憂鬱になることに拍車をかけていた。……



ヒロと学校の外で会うことはなかった。

夏休みのあいだも、例外の一回を除いて、ヒロと会うことはなかった。

「電話はいつでも出られるようにしておけよ」

ヒロは携帯電話を持っていなかった。わざわざ公衆電話からかけるので、無駄足を踏まされるのは御免だということだった。

不純異性交遊。

ヒロの親は、こういう言葉に敏感らしかった。だから、家からあたしに電話をすることはなかった。親がヒロに携帯電話を持たせないのも、この当時、携帯電話を通じて、子どもが犯罪に巻き込まれることが多くなりつつあったからだ。

「大体の時間を教えておいてほしい。ずっと電話番してるみたいで落ち着かないから」

あたしが言うと、

「落ち着かないなんて、おかしいだろ」

ヒロは一蹴した。仮に落ち着かないにしても、それを我慢するのが愛の証だ、とも言った。

ただ実際には、電話のかかってくる時間は、ほぼ決まっていた。それは夕方の六時ごろ、もしくは夜の八時ごろ。塾に行く前か、塾の帰り。

ヒロとしては、気の向くままにかけるつもりだったようだけれども、中学生が普段家で勉強していて、外に出る口実など、そうそう見つかるものではない。結局、塾のために外出するときくらいしか、電話の機会はなかったようだった。もちろん、例外はあるけれども。

あたしも、それに気付いて以降、それほど負担に思わなくなっていた。

電話の内容は、あたしにとって、ほとんど意味のないものだった。

誰々と駄弁(だべ)ってたら、高校生に因縁を付けられ乱闘になり勝っただとか、勉強はしなくても塾のテストの成績はよかったなど、誇張、自賛ばかりだった。

「俺の声を聞きたかったか」

「愛してるか」

それから、これら二つを、ヒロは必ず訊いた。

うん、と答えると、満足そうなのが電話越しにも知れた。

こういった電話を受けられなくなったのが、ユウヤに携帯電話を破壊されて以降だった。

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