第46話

文字数 1,142文字

次の日から、あたしは登校しなかった。

裏の長屋が完全に取り壊されたおかげで、あたしの気持ちとは裏腹に、部屋は明るくなっていた。

窓を開けると、きれいに地均(じなら)しされた更地が広がっていた。まれに車が()まっている以外、建物の建つ気配もなくがらんとしていた。

「どうしたの、お姉ちゃん」

背後からゆきちゃんが訊いた。体調が悪いと答えると、無理しないでね、と声をかけてくれた。

母は何も言わなかった。このころ、母は朝から武男と出かけることが多かった。家にいるときは、二人で話し込んでいた。その話しぶりから、明るい話題であるようだった。そのためか、母は終始機嫌がよかった。

けれども、こう話しかけてきたことがあった。

「学校は?」

この言葉通り、母はあたしが学校へ行っているか否かに興味があったわけではない。武男と二人になりたい理由があるのだ。

あたしが家に居座れば、母は正論を持ち出してあたしの不登校を問題にするだろう。

少し譲れば学校に行かなくても済むのだから、と、あたしは家を出た。

街をウロウロすれば補導される可能性がある。公園にいても同じ。なので、あたしは河川敷に足を運んだ。

晴れた、風の緩い日だった。犬の散歩をしている人、釣竿を持って自転車に乗っている人、ランニングをしている人たちが目に入った。

葦の林を抜け、川の(ほとり)に出ると、あたしは適当な場所を選んで腰をかけた。

川の幅は三百メートルはある。水量の豊かな流れは、小川のように忙しくは流れず、ゆっくりと動いていた。

空の青と雲の白との対照。それに対岸の常緑の緑。一見すると美しい。

けれども、川縁(かわべり)にはゴミが集まっている。薄汚れた空のペットボトル、洗剤の容器、空缶、ビニール袋、発泡スチロール片、庭球、紙切れ、雑誌、黒く枯れた大量の葦など……ここで捨てられた物もあれば、上流から流れてきた物もあるようだ。

ゴミは川の中央を流れていても、こんなふうに隅に追いやられる。海に流れていくものもあるかもしれない。しかしそういうゴミは、表には出ず、隠れて流れていくのだ。

水面(みなも)に揺れるゴミから目を転じて沖を眺めていると、ボートが川上から下ってきた。四艇あった。(げん)に『国際大学』の文字が見える。おそらく漕艇部のボートなのだろう。八人の部員が、それぞれ一本のオールを両手で掴み、全身を使って漕いでいるのが分かるようだった。漕ぐたびに、かけ声があたしのところまで届いてきた。

ボートは列をなして、するすると川下へと進んでいった。見えなくなると、あたしはため息を吐いた。

松島から受けた行為の衝撃は大きかった。教師があのようなことをするのかという思いと、二回も同じ目に()ったという現実があたしを叩きのめした。

そのせいか、変な夢を見るようにもなっていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み