第131話

文字数 1,127文字

「個室になさいますか」

こう訊かれたので、あたしは料金表を眺めて、平台を指した。

「いえ、いまはあそこでいいです」

店員はちらりとその方向を見やり、

「では、三番で」

あたしは受付票をもらい、三番のパソコンの前に座った。前面は大きな窓になっていて、そこからは商店街が見下ろせた。その入口までやや距離はあるが、人を識別するには充分だった。

病院を抜け出してきたあたしは、地元に帰ってきていた。しかし、自宅に帰るわけにはいかなかった。

ヘグ婆は火の出た原因があたしの行為にあると考えているだろう。何としてもあたしを探し出したいはずだ。自ら探さないにしても、元川やユウヤを利用することは考えられる。そうだとすると、自宅は真っ先に捜す対象になる。

ヘグ婆だけではなかった。警察だってあたしを捜すはずだ。火災現場にいた当事者が事情聴取の対象にならないはずがない。さらに、ヘグ婆があたしの放火を訴え出ていないとも限らない。とにかくもいまは、あたしは身を(ひそ)める必要があった。

当時のネットカフェは身分証を必要としなかった。そんなネットカフェは身を潜めるのに格好の場所だった。しかも、このネットカフェは商店街のなかにあり、その入口を見通せるのだから、あたしにとっては願ってもない場所だった。その入口は、もちろんユウヤが立つであろう場所だ。

窓から商店街の入口が見えるのを確認すると、あたしはパソコンを使ってラビシュに関するニュース記事を検索した。『出火の原因を調べている』となっていた。

あたしはこの記事を泰然として読んだ。自分に関することが書かれている否か気になったわけではない。事後を知りたいだけだった。

次に、火事とは全く関係のない、曖昧だったある知識を検索してみた。すぐに辿(たど)り着けた。

「これだ。うろ覚えだったけど、これでいける」

あたしは必要となる物品X、物品Yの品名を正確に記憶した。XもYも簡単に手に入るものだった。しかし、一度に同じ店で入手するのは避けるつもりだった。別々の店で、別々の時間に(あがな)うことにした。

あたしは席を立ち、店員にシャワーを申し出た。石鹸、シャンプーは借りた。新しい衣服、タオルはここに来る前に買っていた。このシャワーは身に染み入るようだった。男のことを気にせずにシャワーを浴びる。開放感を味わえるシャワーだった。

シャワーのあとはネットサーフィンをして時間を過ごした。時折窓の外を見たが、その日、夜になってもユウヤは現れなかった。

夜になると、あたしは個室を借りた。一畳ほどの空間だけど、椅子はリクライニングのソファで、取り敢えず眠ることはできた。食事もここでとることができた。チャーハンやオムライスなど、簡単なものなら、店内で作っていた。ドリンクは飲み放題だった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み