第124話

文字数 1,289文字

創希が帰って二日ほどすると、あの男が姿を現した。

「翔子、自己責任を理解したかぁ」

男は酒臭い息を吐いた。その口で、いきなりあたしの唇を吸った。そして、押し倒した。

「泣けよ。悔しがれよ」

あたしは男をじっと見た。

「何だよ。悔しくないのか。あ、悔しいのか。どーすることもできないから、睨むしかないか。ははは」

男はあたしのシャツを(めく)りあげ、舌で乳房を揺らし、乳首を舐め回した。

「まずは一つ……。犬の格好しろ」

あたしは四つん這いさせられた。男はあたしの腰を掴み、ヌルっと入ってきた。ペニスは奥まで挿し込まれた。男は唸った。そして、動き始めた。

「どうだ、征服される気分は。勘違いしやがって……。黙って従ってればいいんだよ。おら、おら」

男はこう言いながら、突き、やがて果てた。

男はあたしから離れると、仰向けに寝転がり、言った。

「掃除」

舐めることを要求しているのだ。あたしはその通りにした。まもなく、男は微かに寝息を立て始めた。

あたしは湯呑茶わんに残っていたお茶を口に放り込み、くちゅくちゅと(ゆす)いで、ごみ箱のなかに吐き出した。

あたしは男を見おろした。

男の下半身は、靴下を履いたままの裸だった。ペニスが下腹部のうえでだらりと横を向いている。上半身は何も脱いでおらず、ジャケットにネクタイ姿のままだった。

「ここで死んでも、あるいは死ぬような目に遭っても、自己責任なんだよね」

あたしは、創希に貰った煙草とライターを手にして部屋を出た。店はカラオケで盛りあがっているようだった。あたしはそっと隣の部屋に入った。豆電球を灯して薄明かりを確保し、煙草に火を()けた。

しかし、思うように点かない。あたしは煙草のフィルターを吸ってみた。煙が肺に入り、ひどく(むせ)た。けれども、その甲斐あってか、煙草は燃え始めた。

息が整うと、あたしはその煙草を布団のうえに置いた。

煙草と布団の様子をしばらく眺めていると、煙草を中心に、燻焼(くんしょう)箇所が黒く塗りつぶされた円となって広がっていった。このままいくと、発火するのだろうと思った。

あたしは部屋を出て、こんどは金庫のある部屋に入った。電気を点けると、なかは以前に入ったときと変わらないままだった。あたしはそこにあった青いジャージの上下を身に着けた。ジャージは()えた臭いがしたが、体臭はせず、一応洗濯はしてあるようだった。

「あっ」

あたしは横にあるズボンを見て、思わず声を漏らした。あたしのジーンズだ。以前ここに入ったときには気付かなかった。うえのシャツはなかった。あたしはジャージを脱ぎ、ジーンズに穿()き替えた。こんなところに置いていくものか、と思った。

あたしは押入れの前に立ち、金庫を開けた。

泥棒?

「賃金を貰うだけでしょ」

あたしは札束を数えることなくポケットに突っ込んだ。

ふと金庫の横にある『業務用ポリ袋』が目に入った。役に立つだろう。あたしは一枚抜いた。転がっていたマジックも手にした。

あたしは隅にあった細い棒を持って、自分の部屋に戻った。煙の臭いが漂い始めていたが、男は相変わらず寝ていた。ここまではシミュレーション通りだった。想定外なのは、ジーンズとポリ袋、マジックを得たことだった。

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