第33話

文字数 955文字

「何をしているのだろう」

あたしは鏡を見ながら思った。付き合うって、こういうことなのか。

何となく付き合いはじめたものの、あたしの想像の世界では、二人は甘美な関係を築く男女だった。

相手を気遣い、思いやりのある言葉をかけ合い、ときには相手のために犠牲になり、涙することもある……

こういった精神の交わりを経て、その次に肉体が交わらなければならなかった。

しかし現実は、ほとんど相手を知らないままだった。

肉体の交わりだけ。

それはすなわち、玩具(おもちゃ)

こういう現実が見えつつあった。しかし、あたしは見ないようにしていた。目の前の現実を否定する事実を探そうと、焦りにも似た気持ちに支配されていた。

次に授業を抜けたとき、トイレの前であたしはヒロに言った。

「こんなこと、やめたほうがいいよ」

「何言ってんだよ」

ヒロは不快そうな顔をした。

「しょっちゅうこんなことしてたら、皆おかしいと思うよ。いつかバレるよ」

ヒロは少し考える様子だった。けれども、

「バレたら、バレたで、そのときだ」

ヒロはトイレの前であたしを抱きしめた。あたしは反射的に逃げようとしたけれど、ヒロはそれを許さなかった。あたしはじっとした。

校舎全体が静かだった。男性教師の説明する「二次方程式の解の公式は……」という声が廊下に響いていた。

ヒロはあたしのスカートを(めく)りあげた。

「いやっ」

「いいから」

「こんなのばっかり」

「スリルがあって興奮するだろ」

「もういや。こんなことばかりするんだったら、別れる」

ヒロはあたしの頭を叩いた。

「俺たち付き合ってるんだろ? 愛し合ってるんだろ? 何だよその言いかた。愛し合ってたら、求め合うのは当然じゃないのか。お前は俺のことをどう思ってるの? 愛してないの?」

あたしは、あたしに優しい想像のなかのヒロを好きになっていた。しかし現実のヒロをどう思っているのか、自分でもはっきりとしなかった。

「ヒロのことは好きだよ。でも、こんなところで……」

「場所なんて問題になるのか。俺は怜佳を愛して求めてるんだよ。その気持ちに応えようと思わないのか」

こう言われると、あたしはもう何も言えなかった。

「じゃあ、あたしの気持ちは?」

こんな思いがどこかにあったはずなのに、ちらりと思い浮かぶことすらなかった。

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