第28話
文字数 1,471文字
しばらくすると、こんなことも言われた。
「エリの気持ち考えたことある?」
「わざと嫌われるようなことしたらどう?」
あたしは理不尽だと思った。けれども、そう言えなかった。
帰り道も、もちろん独りになる。
ある日、校門を出て歩いていると、後からやって来た足音が、ふとあたしの横に並んだ。
「帰宅部?」
声をかけられた。見ると、創希だった。
あたしは固くなった。誰かに見られたら、と思って。
「冗談」
創希は言った。何が冗談なのだろう。
「部活してないの知ってて、訊いた」
あたしは創希を見た。けれども、すぐに前を向いた。なるべく親しげに見えないようにするために。創希は屈託のない笑顔を見せていた。
「まあ、話のきっかけ」
創希は続けた。
「あのさ、あたしたち同じクラスになったことある?」
あたしは、やや口を尖 らせていたように思う。同じクラスにいた、もしくは、いま同じクラスにいるのなら、二人のあいだにほとんど垣根はない。同じクラスになったことがないのなら、二人は顔見知り程度、特別に用事がなければ、話すことなどないはず。これがあたしの考えだった。あたしだけでなく、あたしたち中学生の標準だったと思う。それなのに、どうして躊躇なく話しかけるのか。こういう抗議の意味を込めて、あたしは言ったのだ。
「ないよ」
創希は簡単に答えた。意外にも、創希の顔に「何をいまさら」という思いは浮かんでいないようだった。涼しげな表情をしていた。
あたしはその顔を盗むように見ていた。
聞くところによると、創希はフランスからの帰国子女であるらしい。北欧系の白人の血が入っているということで、それらしく、創希の顔は小さく、西洋の彫刻のように彫が深かった。
創希のことを好きか否かはともかく、せっかくの機会なのだから、あたしは彼と普通に話をしてみたいと思わないでもなかった。
しかし、すぐに周囲の女子たちの顔が頭に浮かび、あたしはぐじぐじした。
創希と女友達。
創希を選んで、結果、最後に創希に捨てられた場合、あたしには行き場がなかった。
創希を選ばなければ、女友達との友情が回復する可能性はある。それが偽の友情であっても、とりあえず繋がっていれば安心できた。
これら二つを天秤にかければ、それは女友達に傾いた。
「俺に話しかけられると迷惑?」
創希は言った。
あたしは考えた。迷惑だと言うべき? 創希は悪くないのに。
では、事情を話せばいい? それもできない。話したあと、創希がどういう行動に出るか分からないから。万が一、創希があたしの窮状を大谷に訴えでもすれば、あたしに立つ瀬はない。
「別に」
あたしは抑揚なく言った。笑顔も作らないようにした。それが礼儀を欠いていることは、もちろん分かっていた。しかし、こう言うしかなかった。
「知らない人と話すの、緊張するタイプ?」
創希は言った。言いながらこちらを見るのが、あたしの目の端に映った。あたしは前を向いたままだった。
創希は自身があたしに告白したことをどう思っているのだろう。断ったのに、普通に話しかけられれば、戸惑っても不思議はない。その戸惑いを「緊張」と解釈するのだろうか。
それとも、何の裏表もなく、言葉通りの意味で言ったのだろうか。
あたしは創希の真意を探ろうと、彼を見た。口元に白い歯が見えた。何の邪気も感じられなかった。
「緊張するタイプ……、かもしれない」
あたしは取り敢えず答えた。すると創希は笑い声をあげた。
「実は俺も。心臓がドキドキしてる」
創希を見ると、頬に薄っすらと赤みが差していた。
「エリの気持ち考えたことある?」
「わざと嫌われるようなことしたらどう?」
あたしは理不尽だと思った。けれども、そう言えなかった。
帰り道も、もちろん独りになる。
ある日、校門を出て歩いていると、後からやって来た足音が、ふとあたしの横に並んだ。
「帰宅部?」
声をかけられた。見ると、創希だった。
あたしは固くなった。誰かに見られたら、と思って。
「冗談」
創希は言った。何が冗談なのだろう。
「部活してないの知ってて、訊いた」
あたしは創希を見た。けれども、すぐに前を向いた。なるべく親しげに見えないようにするために。創希は屈託のない笑顔を見せていた。
「まあ、話のきっかけ」
創希は続けた。
「あのさ、あたしたち同じクラスになったことある?」
あたしは、やや口を
「ないよ」
創希は簡単に答えた。意外にも、創希の顔に「何をいまさら」という思いは浮かんでいないようだった。涼しげな表情をしていた。
あたしはその顔を盗むように見ていた。
聞くところによると、創希はフランスからの帰国子女であるらしい。北欧系の白人の血が入っているということで、それらしく、創希の顔は小さく、西洋の彫刻のように彫が深かった。
創希のことを好きか否かはともかく、せっかくの機会なのだから、あたしは彼と普通に話をしてみたいと思わないでもなかった。
しかし、すぐに周囲の女子たちの顔が頭に浮かび、あたしはぐじぐじした。
創希と女友達。
創希を選んで、結果、最後に創希に捨てられた場合、あたしには行き場がなかった。
創希を選ばなければ、女友達との友情が回復する可能性はある。それが偽の友情であっても、とりあえず繋がっていれば安心できた。
これら二つを天秤にかければ、それは女友達に傾いた。
「俺に話しかけられると迷惑?」
創希は言った。
あたしは考えた。迷惑だと言うべき? 創希は悪くないのに。
では、事情を話せばいい? それもできない。話したあと、創希がどういう行動に出るか分からないから。万が一、創希があたしの窮状を大谷に訴えでもすれば、あたしに立つ瀬はない。
「別に」
あたしは抑揚なく言った。笑顔も作らないようにした。それが礼儀を欠いていることは、もちろん分かっていた。しかし、こう言うしかなかった。
「知らない人と話すの、緊張するタイプ?」
創希は言った。言いながらこちらを見るのが、あたしの目の端に映った。あたしは前を向いたままだった。
創希は自身があたしに告白したことをどう思っているのだろう。断ったのに、普通に話しかけられれば、戸惑っても不思議はない。その戸惑いを「緊張」と解釈するのだろうか。
それとも、何の裏表もなく、言葉通りの意味で言ったのだろうか。
あたしは創希の真意を探ろうと、彼を見た。口元に白い歯が見えた。何の邪気も感じられなかった。
「緊張するタイプ……、かもしれない」
あたしは取り敢えず答えた。すると創希は笑い声をあげた。
「実は俺も。心臓がドキドキしてる」
創希を見ると、頬に薄っすらと赤みが差していた。