第115話

文字数 679文字

「僕の可愛いうさぎちゃん」

「子猫ちゃん、元気だった?」

「自己責任というものを理解できたかい、翔子」

「僕って、他の男と比べてどう? 優しい?」

違ったことを言っているのに、どれも同じように響き始めていた。身体を触られ、舌を這わされ、抱き付かれ、身体をぶつけられ、しがみ付れ、最後に子宮で痙攣を感じる。こういう一連の感覚が、男のどの言葉を聞いても、すぐに押し寄せてくるようになっていたのだ。

「うさぎちゃん」

「子猫ちゃん」

「翔子、自己責任」

「優しい?」

すべて同じに聞こえる。すなわち、抱きに来たよ。

あたしの心から楽しいという感情が消えていた。怒りも悲しみも見当たらなくなっていた。鏡を見なくとも、仮面をかぶったような顔になっているのが分かった。誰かが見れば、()き物が落ちた人のように見えたのではないだろうか。

「うさぎちゃん」

「子猫ちゃん」

「翔子の自己責任」

「いい人?」

何度聞いただろうか。

今の季節は? 頭のなかに浮かんでくる。さあ、寒いね。

ここに来て、どれくらいの時間が経ったのだろう。それって、どうでもよくない?

けれども、寒空に雪が舞うのを想像したとき、ゆきちゃんのことを思い出すことはあった。

「馬鹿なお姉ちゃん」

涙はこぼれなかった。

「うさぎちゃん」

「うさぎちゃん」

「うさぎちゃん」

「うさぎちゃん」

あれ? 「子猫ちゃん」はどうしたのだろう。そう言えば「自己責任」を聞いたような気もするし、聞いてないような気もするし……

「ほーほー」

薄明りのなかで鳴いていると、隣の部屋にときどき足音が入っていった。泥棒め。

「ほーほー」

犬の鳴き声はどうしたのだろう。最近聞いていない。

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