第120話

文字数 924文字

店を出ると、都会の喧騒(けんそう)が静かに感じられるほどだった。また、空気も新鮮に思えた。店内がいかにうるさく、煙草の煙に汚れていたのか、充分に知られた。

「あんた、名前は?」

「与田」はでこぼこの歯を見せて訊いた。

(すぐる)です。新田卓っす」

「何歳なの」

「十八っす」

「はあ? 高校生か」

「まあ、一応」

「一応って?」

「籍だけある感じっすね」

「どこ? 高校」

創希は高校名を答えた。その高校には本当に『新田卓』が在籍していた。もちろん、創希とは別人物だが、創希の知り合いではある。創希は他人に成り済ますために、仮想の人物を準備していたのだ。

「あー、何か聞いたことあるな……。言っちゃ悪いけど、お前の顔、そんな感じだわ」

「そうっすか? まあ、よく言われますけど」

創希は笑いながら言った。

「俺、人を見る目はあるからよ。しかし、ま、気にすんな。勉強できても意味ねえよ。騙される奴はいくらでもいるからな」

「与田」は高く笑った。そして、笑顔を収めると、創希に向かって言った。

「飲みに行こうか。おごってやるよ」

「いいんすか」

「ああ、儲かったの、お前のお陰だしな」

このようにして、創希は思いのほか簡単に「与田」と懇意になれた。「与田」は元川塁だと名乗った。ずっとあとで創希は元川の運転免許証を偶然見る機会があった。そこには確かに元川塁だと記されていたそうだ。

創希は酒を飲んだことはなかったが、これを機に、自分がアルコールに強いことを知ったらしい。

創希は、ユウヤと元川と同時に会わないように気を付けながら、時間の許す限り元川に接した。パチンコに付き合い、酒を挟んで聞き役に徹し、使い走りをし、ときには金銭を貢いだりした。

金銭に関する話は、創希はあたしにしなかった。後に知った話だ。創希は進学すべき高校が決まった春休みに、アルバイトに精を出した。貯金も崩した。あたしのために。

そうしてある日、元川は言った。

「お前、女の話しないな。お腹一杯か。モテそうだもんな」

「いえ、全然」

「誰か連れて来れねぇか」

「いやぁ、自分の周り、女いないっすよ」

「じゃあ、どうしてんだ」

「と言うと?」

「したいだろ。いつも一人でか」

「まあ、そうっすね。たまに買いますけど」

「ほお、どこで買うの」

創希は色街の名称を答えた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み