第18話

文字数 880文字

このときの担任の教師は冷静だった。彼女はミカリに訊いたらしい。

「朝から昼休みまで教室が空になることはなかった。休み時間は皆でブロマイドを観ていた。相沢さんはいつブロマイドを盗ったのか」

「目撃したのはあなただけなのか」

「そのときなぜあなたは何も言わなかったのか」

「あなたがブロマイドを持って、相沢さんのランドセルを触っているのを見た人がいるが、それについてどう思うか」

ミカリの不自然な返答と、その表情、複数の証言から、担任はあたしの無実を推定し、こういう一件があったと、母に報告した。

この数年前、小学二年生のときに、あたしは同級生の男子と喧嘩をして、頬に小さな傷を付けられたことがあった。そのとき母は激怒した。相手の家に怒鳴り込み、

「女の子の顔に傷を付けるなんて、どういうつもりなのか。そのジャガイモみたいな顔に傷を付けるのとはわけが違う」

こう言って、あたしの喧嘩相手を指した。

さすがに言い過ぎだろうと、あたしは子どもながらに恐縮した。けれども、嬉しかった。

あたしが倒れたことは、頬を引っ()かれたことよりも重いできごとであるはずだ。あたしは母があたしの側に立ってくれるに違いないと期待した。

しかし母は、あたしの言い分も、担任の報告も聞かなかった。

わたしへの当て付けかい、と母は言った。

「家が貧乏だから、わたしが稼げないから、わざとやったんだろ」

母は怒鳴って、あたしを殴った。そうして、あたしを家から追い出した。

このように家を追い出されるのは初めてではなかった。いつもじっと耐えるしかなかった。

この日も、あたしは夜半に及び、玄関の前で、何もすることなく、立ち続け、ときに座ったりして時間を過ごさなければならなかった……

この種の幾多の経験から、あたしは身のうえに困ったことが生じると、まず自分で解決しようと試みるようになった。解決できないときは、問題を意識の外へ追いやった。

こういう態度は、息をするかのように、いつのまにか自然なものになっていた。しかし、いつからそうなったのか、その点については判然としない。

ただ、幼児のころには、既にその(きざし)があったように思えるのだ。


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