第99話

文字数 1,184文字

痛いと思っていると、いきなり足首を掴まれた。

「動くんじゃないよ」

ヘグ婆があたしの頭を押さえた。髭男はあたしの両足首を(そろ)え、そこをガムテープで巻いた。足首が持ちあげられると、膝に負荷がかかり、さらに痛んだ。

キュッと鳴ると、水を打つ音が響いた。思うまもなく、頭にシャワーの水を浴びせられた。

「ひゃあ」

水は充分に冷たかった。反射的に身体が固まる。肺を膨らませる筋肉も縮こまるせいか、意識して息を吸い込まないと窒息するかのように思えた。

「いやっ」

あたしは声を大きくした。もちろん、無視され、冷水を頭からざーざーと浴びせられた。逃げようにも逃げられないので、じっとしていると、ヘグ婆はシャワーをとめた。

二人は言葉を交わさなかった。ヘグ婆は給水口のハンドルを開いた。水が勢いよく流れ出た。それでもヘグ婆はハンドルを回し続け、全開にした。流水が浴槽の水に突き刺さる。

髭男はズボン姿のまま片足を浴槽に入れ、ヘグ婆と二人であたしを抱えるようにして浴槽へ引き込んだ。後手に縛られている両方の二の腕を持たれたので、あたしは肩の関節に痛みを感じた。そのうえ、浴槽の縁が、鉄棒で前回りをするときのように、骨盤や下腹部に当たり鈍痛をも生じさせた。

次の瞬間、あたしは頭を沈められた。プールに飛び込んだときのように、耳の横を流れる水や気泡の音が聞こえた。続けて、鼻腔に水が流れ込んできた。顎をあげて流れをとめたけれども、苦しくて、鼻から息を吐いてしまった。吸うべき空気はない。息のできない苦しさが、すぐに襲ってきた。

あたしは背筋の力で身体を起こそうとした。髭男はそうはさせまいとする。あたしは必死に起こそうとしたが、どう頑張っても駄目だった。

あたしは途轍(とてつ)もなく苦しくなった。大も小も便が漏れそうになった。油断すると内臓ごとドバッと吹き出してしまいそうな感覚に(おちい)った。

あたしは脚を立てた。ヘグ婆が纏わり付いていたけれども、問題にならないほどの力が出た。しかし、髭男に頭を押さえられているので、腰が高くなるだけだった。腰が高くなると、頭の位置が変わり、また鼻に水が入った。

ゴボゴボッと空気を吐いた。

息を吸いたい。でもここで吸うと、水が入ってくる。

決して飛び跳ねることなどできないのに、あたしは何度もタイルを蹴った。しかし、どう頑張っても息を吸えない。

尿が出た。いったん出ると、もうとめられなかった。溢れるように流れ出た。そして暴れたあたしは身体が「く」の字に折れ曲がったまま、横向きに倒れた。浴槽に腰が半分浸かる。

目の前が真っ青になった。死ぬ、殺される。そう思った瞬間、髭男はあたしを抱えるようにして、あたしの頭を水面から出した。

「げっほ、げっほ、げっほ、こ、こ、こっ、はひゅー、はひゅー、はひゅー」

あたしは(むせ)ながら、ヒーヒー息をした。どこからこんな声が出るのだろうかと自分でも驚く、獣のような声だった。

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