第21話

文字数 2,196文字

この紐に関し、他の記憶もある。

いつものように手洗いをされている最中、あたしは紐の勃起しているペニスに気が付いた。

そのとき、それまでの記憶を辿(たど)ってみると、紐はいつも腰にタオルを巻いていた。あるいは、座って両脚のうえにタオルを広げていた。ペニスを見た覚えがない。

意識が向いていなかったので、見たとしても、記憶に残らなかったのかもしれない。

何これ?

あまりにも形が違うので、ペニスだと認識できなかった。紐がソーセージを持ち込んだのではないかと思ったくらいだった。

それでも、ほどなくペニスだと分かった。

それにしても、こんな形だった? こんなにうえを向いていた?

何かの病気で腫れているの?

大人になると、あたしもこれを有することになるの?

「お父さんのおしっこ出るところ、レイとゆきちゃんと違う」

「え? ああ、そ、そ、違うよ」

紐はばつが悪そうに、さりげなくタオルを引っ張ってペニスを隠した。でも、タオルがテントを張っていた。

あたしはそれからこのテントを何回か見た。見てしまう。

紐はあたしを洗い終えると、湯船に入れ、数字を数えるようによく命令した。そのために、あたしは二十までの数字を教えられた。

最初は十二、三までだった。でも、十を超えてあたしが苦戦するのが分かると、紐は二十まで教えた。

数えるあいだ、目を閉じているように言われた。あたしは素直に目を閉じて、声を出して数えた。二十まで数えると、また(いち)から。

あたしは二十からうえの数字を知りたくて、教えてくれとせがんだことがある。

しかし、紐は、面倒臭そうに、

「子どもは二十まででいい」と突っぱねるだけだった。

あるとき、数えている途中、おでこから汗だか水だかが垂れてきて、(まつげ)を通過した。

あたしは目を擦り、(まぶた)を開けた。

紐の背中が見えた。その前にゆきちゃんの背中。紐の手はゆきちゃんのお尻のうえを動いていた。

紐はすぐに振り返った。

「やめちゃだめだ。続けないと。ほら、七、八」

「七、八……、九……」

()かされて、あたしは反射的に続けた。でも、気になった。

「目を(つむ)って」と、紐は顔を横に向け、目の端であたしを見る。

あたしはしかっめ(つら)を作った。そうすれば、ぎゅっと目を閉じているように見える。

あたしは数えながら、薄目を開けて様子を見た。

紐はあたしが目を閉じたと思ったらしく、おもむろにゆきちゃんの膝の裏からうえ、腰の辺りまで、石鹸を付けて撫でるように触りはじめた。

ただ洗っているだけ?

何か違う。

何だろう。

紐の身体が揺れている。右肩の辺りが特に……

違う、肩じゃない。腕だ。

右の(ひじ)が小刻みに動いていた。走るときの腕振りよりも速く、小さく。

「十五、十五……」

そちらに気を奪われて、あたしの意識はその場で足踏みをした。

しかし、紐は横目であたしに一瞥(いちべつ)を与えただけで、特に何も言わなかった。

座っていた紐は、突然右膝を突き、ゆきちゃんを抱き寄せた。

抱き寄せる瞬間、虫か何かが、目に留まらない速さで、紐とゆきちゃんのあいだを横切った。それは壁にべたっと張り付いた。

石鹸?

そう思った。もちろん違う。

紐は抱き寄せたゆきちゃんのお尻や腰の辺りに肉の棒を擦り付けていた。先からは(たん)のような白い液体が、途切れ途切れに、多く吐き出された。吐き出すたびに、肉棒は御辞儀(おじぎ)をしていた。

紐は洗面器のお湯をゆきちゃんにかけ、身体に付いた石鹸を落とすため、単純にゆきちゃんの胸や腹を擦り、

「きれい、きれい」

ゆきちゃんは無邪気に笑っている……

あたしは何も言えなかった。その意味を理解できないので、何を言えばいいのかも分からなかったし、取って食われてしまうような、動物的な雰囲気があり、それがあたしを(すく)ませてもいたから。

あとで母に言うべきか迷いもした。しかし、紐を悪く言うのは母の機嫌を(そこ)ねはしまいかという恐怖が、あたしを制止した。

「もし訊かれたら、お風呂、『二人だけで入った』って言うんだよ」

紐は風呂あがりに、いつも言った。

「二人だけでできる。お母さんが褒めてくれる」

誰かの世話にならずに何かできる。子どもにとってこれが褒められる要因だと、幼いあたしでも直感していたので、また紐に逆らうのも恐かったので、言われた通りに言っていた。

すると、紐は機嫌がよかった。肝心の母の反応は覚えていない。

恐らく、母は褒めたりはしなかったのだろう。

紐がいなくなったあと、違う居候の顔が現れた。

居候の顔は何度か入れ替わった。

最後に現れ、いまいるのが、武男(たけお)だった。

武男に限らず、居候たちは皆、顔がよかった。皆、美辞麗句(びじれいく)を並べた。そして皆、威勢がよかった。

強くあれ。

逃げるな、立ち向かえ。

こういった標語を好んだ。しかし皆、行動は伴わず、冷や飯食いに徹していた。

美男と美辞麗句、それから勇ましさ(実は空威張り)。

母はこれらの点から男性を見るようだった。その行動については、全く関心がないようだった。

また、あたしが知っている範囲と、その範囲から得た知識による推測とを合わせると、家に現れた男は、すべて浮気していたようだった。

母はそれに気付き、口論となる。男は暴力を振るう。そして、別れる。――この繰り返しだった。

男のうわべだけの美しさと、口先だけの言葉を求めることに必死で、母はそれ以外のものが見えなかったようだ。
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