第91話

文字数 1,053文字

暴力を受けたあとに、こういう起伏のある会話をして、あたしは男との関係について誤った認識をしつつあった。喧嘩のあとに仲直りすれば、いっそう仲良くなれる、そういった顛末を自分の置かれた状況に当てはめようとしていた。つまり単純に、この男はあたしに同情してくれるのではないかと錯覚したのだ。

次のように思考は動いた。

この男は「堅物」や「紳士」だと自称していた。普段、中学生に興味があることなど、(おくび)にも出さないのだろう。

しかし、実際には抑え難いほどの興味がある。もし発覚しないのであれば、中学生と付き合いたい、あるいは中学生を飼育したいと思っているのではないか。いままでそういう機会がなかっただけで、もし目の前にそれが現れたなら、この男は手を伸ばすのではないだろうか。

あたしはその機会を男に提示することができる。あたしがこの男の愛人(おんな)になることを匂わせれば、男は秘密裏にあたしをここから出そうとするのではないか。

「しかしあれだなあ、彼氏も酷いよなあ。こんな可愛い()を売るなんて。僕だったら、ホントもう床の間に飾っておくよ」

男は寝物語でもするかのような雰囲気を醸し出していた。自分の身体を触るかのように、ごく自然にあたしの乳首を撫でていた。あたしはいやだと思う気持ちを抑えて言った。

「あたしなんかと同棲したいですか」

あたしは男の機嫌を取るために、敢えて卑下した。

「男だったら誰でもそう思うんじゃない?」

男はあたしを見た。その目に少しの邪気もないように思えた。一方、その口調には多少の熱がこもっていた。男の言葉は社交辞令なのだろうか、それとも素直に本心を言った結果なのだろうか。

男の目から判断すると、単なる挨拶だと思えたし、口調から判断すると、そこに本音が見え隠れするようだった。

「じゃ、あたしと同棲します?」

男は肘を突いて上体を起こし、あたしを眺めた。

「僕と同棲したいと思えるの」

「うん」

「何で急に。僕は翔子に酷いことしたけど」

「ううん。人間も動物だから。エッチのときは本能剥き出しになることもあるって思ってる」

あたしは何でも言うつもりだった。

男は目を輝かせ、生気に満ちた表情をした。しかし、すぐに顔を曇らせた。

「僕、結婚してるんだよ」

「結婚しててもいい。彼女にしてくれない?」

「彼女ねえ……。二番でいいの」

「何番でも」

「そっか……」

男はごろりと横になり、天井を見つめた。赤い蛍光灯を見ていたのかもしれない。

ややあって、男の口元がかすかに波立った。その変化は、そよ風がしんと静かな湖面を揺らすほどにも目立たないものだった。

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