第27話

文字数 2,134文字

話をユウヤに会う前に戻そう。

同じ学年にカッコイイ男子がいた。背が高く、イケメンで、スポーツが得意で、勉強もできて、笑顔が爽やかで。

名前は創希(そうき)

創希とあたしとは同じクラスになったことはない。でも、注目される存在なので知ってはいた。多少の興味はあったけれども、ただそれだけ。

三年生になった直後、あたしは創希に好きだと告白され、交際を申し込まれた。

でも、あたしは断った。

創希には多くのファンがいて、お互いに牽制(けんせい)し合っており、その輪のなかに巻き込まれたくなかったから。

それに、このときは気付いていなかったけれども、母の黒い影がちらついて異性と距離を置きたいと、暗に思っていたから。母の黒い影とは、母が反面教師であることだった。

あたしには女子の友達がいれば充分だ。しかし、

「俺はいつでも好きだから」と、創希は言った。

それを何人かの女子が聞いていた。ドラマティックに響いたのかもしれない。

「何かのヒロイン気取り?」

いままで口もきいたことない女子に言われた。

最初、何のことか分からなかった。けれども、すぐに創希のことだと悟った。

「何の……」

こう言うしかなかった。

「自分のこと、綺麗だなんて勘違いしてない? ブスのくせに」

おかっぱ頭に平べったい頬。その四角い平面に配置されたスイカの種のような目が、射貫くようにあたしを(にら)み付けていた。

その横にいる二人の女子たちも、あたしを睨んでいた。

「あたしは……」

それきり、三対一で向かい合ったまま、廊下の真んなかで沈黙が流れた。

始業のチャイムでも鳴ってくれれば、それをきっかけに教室に戻ることができるかもしれない。けれども、昼休みで、時間はまだあった。

周囲は騒がしく、それぞれが話に夢中だった。庭球を投げ合っている男子もいた。あたしの状況を気にする生徒などいない。

しかたなしに、あたしは彼女たちの名札のうえに視線を送った。

おかっぱ頭の名札には『大谷』と書かれていた。残り二人の名前は記憶に残らなかった。一人は『白岩』だったかもしれない。

しばらくして、脇にいた女子が、急に何かに気付いたように大谷の(そで)を引っ張った。

促された大谷の小さな目は、あたしの背後に向けられた。その目は何かに焦点が合い、その途端、表情が変わった。

「えー、うそーっ」

大谷は、突然大きな声をあげた。驚いたような顔のなかに、あたしに向けて親しげな表情も作っていた。

あたしは彼女たちがいま何かの会話を交わしたのかと思った。しかし、記憶を再生してみても、脇の女子が袖を引っ張っただけで、言葉は発せられていないはずだった。

大谷は、あたしを見ながら、不自然に大きな声で続けた。

「北田君が好みなの? そーなんだー、意外だねー」

大谷は、とにかくあたしから目を離さない。

「え? どういう……」

あたしは困惑するだけだった。

「私、応援する。相沢さんと北田君がうまくいくように」

こう言いながら、大谷はあたしの腕を掌で軽く打って、さすった。

大谷の言う「北田君」とは、色白で小太りの背の低い男子だった。老けた顔をしていて、天然パーマ。無口で大人しい性格のせいか、よく揶揄(からか)われていた。『大仏』と渾名(あだな)するクラスメイトもいた。

あたしは北田と去年同じクラスだったけれども、ほとんど話したことがない。なぜ大谷が北田の名前を持ち出すのか、さっぱり分からなかった。正直なところ、大谷は気でも狂ったのではないかと思った。

不意に、あたしの横を大きな影が通った。後から来たその影は、あたしの視界にすっぽり入った。創希だった。

なるほど、と、あたしは創希を見て、大谷が何をしたかったのか、合点(がてん)がいった。

「え? 北田君? あたし話したこともないよ。北田君のことを好きなのは大谷さんじゃん。北田君に合わせて丸くなりたいって、めちゃくちゃ食べてるって聞いたよ」

あたしは、こう叫んでやろうかと思った。でも、そんな勇気はなかった。

あたしはその場を離れることにした。いまだったら、すんなりとそれができる。創希の前で、大谷も滅多な真似はできないだろう。大谷が無理を通せば、あたしは創希の前で大袈裟に被害者を演じることもできる。その機会に気付かない大谷ではないはずだ。

あたしは大谷の脇を通った。大谷は、一瞬、そうさせまいとした。それでも、あたしはやや強引に()り抜けた。

創希の横を通った。

「相沢……」

創希はあたしに声をかけたけれども、あたしは聞こえないふりをして、そのまま素通りした。あたしの歩くのに合わせて、追うように、創希の顔がゆっくりと動くのが分かった。

大谷がしたようなことは、教室でも起こった。

あたしが女子の輪に近付くと、彼女たちは即座に会話を中断した。そして、「ほら、来ちゃったよ」と言わんばかりに顔を見合わせ、立ち去るのだった。

ときに話しかけてみると、

「空気読めよ」

「面倒なことさせないでくれる」

こういった不満の表情を、彼女たちはあからさまに浮かべた。

なかには、わざとらしくため息を吐く子もいた。

あたしは仲のよかった子を引っ張ってみた。

「ごめんね。怜佳と話できないから」

彼女は困惑した顔で、こう言った。

あたしは独りになった
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