第101話

文字数 1,108文字

どれくらい眠ったのだろう。目が覚めると、頭が痛く、かなりの悪寒を感じた。唾を飲み込むと左右の扁桃腺(へんとうせん)が痛んだ。鼻腔の奥も痛く、ぱりぱりに乾燥していた。

エアコンは稼働していた。これのせいで空気が乾いているのだと思うと、暖を提供してくれたにもかかわらず、急に恨めしくなり、そのスイッチを切った。

空気の入れ替えをしたくてインターフォンを何度か押したけれども、反応がなかった。襖戸には鍵がかかっていた。

喉を潤したい。

急須(きゅうす)出涸(でが)らしが残っていたので、それを湯呑で飲んだ。

しんどいので、あたしはまた布団に包まった。

いまは昼なのだろうか。それとも夜なのだろうか。階下も外も静かな気がする。普段よりも耳が遠いので、そう感じるだけなのだろうか。

「それを知って何の役に立つの? どうでもいいじゃない」

ふと、思い、あたしは自嘲した。

ピッという音とともに、人の気配がした。目を開けると、ヘグ婆が食事を運んできたところだった。エアコンが動き始めていた。

「食べな」

ヘグ婆は言った。

「風邪を引いたみたい」

声を出すと、喉が痛かった。それに寒い。

ヘグ婆は近付いてきて、あたしの額に手を当てた。薄っぺらい手だった。ヘグ婆は熱があるとも、ないとも言わなかった。

「さっさと食べてしまいな」

これだけ言って、出ていった。

一階は騒がしくなっていた。誰かのカラオケの声が響いていた。

食事は焼きそばだった。食欲をそそるものではなかったが、食べないと身体に毒だと思い、口に運んだ。しかし、一口で吐き気を催した。あたしはフォークを投げ出し、横になった。

時間の感覚のないまま、うとうとした。

また人の気配がし、目を覚ました。長身の男が立っていて、ヘグ婆が襖戸を閉めて出ていくところだった。

「やっと見つけた」

男は言った。あたしは何を言っているのだろうと思いながら、重たい身体を起こして正座した。

「やっと見つけたよ、僕のうさぎちゃん」

「何ですか」

おかしなことを言わないで欲しいという気分だった。

「だから、うさぎちゃん。可愛いぃ」

ひょろ長い男の身長は百九十センチはありそうだった。歳は三十くらいだろうか。額は広く、鼻筋は通っている。服装はラフだった。

「熱があるから……」

相手できないよ、と言いたかった。

「熱ぅ? どれどれぇ」

男は近付いてきて、自らの額をあたしの額に当てようとした。あたしは顔をそむけた。しかし男は両手であたしの頭を挟んで、強引に額と額とを引っ付けた。

「んー、やっぱり」

男は離れ、あたしの正面で、体温が高い、やっぱりうさぎちゃんだ、と言った。それからあたしをまじまじと見つめ、

「近くで見ると、きゃわいいー」

こう言って、唇を合わせてきた。もちろん、あたしは逃げられない。

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