第125話

文字数 1,020文字

(ふすま)戸の敷居の(レール)は内側にある。あたしは溝のうえに棒を置いた。溝の長さは一メートルに足りないくらい。棒はそれよりもさらに短かったが、襖戸を開かないようにするには充分だった。

あたしはポリ袋を広げここの空気を詰め込んで、軽く口を結んだ。それから、マジックを持って、男の腹に落書きをした。

『これで女子中学生を犯した』

矢印もペニスに向けて描いた。

不意に男の目を覚ます気配があった。あたしは男から目を離さずに、マジックを持っていた手をさっと背中に回し、そのまま壁に向かって投げた。コツンと音がした。

「続けろよ」

あたしはドキッとした。気付かれたのかと思い、男をじっと見ていると、男は首だけ起こし、言った。

「早く」

どうやら男は、あたしが愛撫していると勘違いしたらしかった。あたしは胸をドキドキさせながら、愛撫を始めた。

しばらくすると、男は「ん?」と半身を起こした。

「何か臭わないか」

あたしは聞こえないふりをして続けた。

「ちょっと待て。おかしいぞ」

男はあたしに構わず立ちあがり、転びそうになりながらパンツを穿き、襖戸に近付いた。

「おい、開かない」

男は襖戸をがたがたさせた。

「おい、やばいぞ。くそっ」

男は両手で開けようとする。棒が邪魔をして、もちろん戸は少ししか動かない。

「何でだ」

男は敷居を確かめる。棒の存在に気付き、それを取り払い、襖戸を開けた。顔を出した男は叫んだ。

「火事だ」

男はドタドタとこちらに戻ってきて、大急ぎでズボンに足を通しながら、

「おい翔子、やばい、火事だ。燃えてる。早く救急車」

男はもう片方の足を通せなかった。焦っているのか、何度かズボンを踏み付けていた。そのあいだ、男は独り言を呟いていた。

「どうなってるんだ一体。畜生。やばいぞ。火だ。燃えてる。早く」

男が火事に気付くのは計算外だった。あたしは、どうしようかと、じっとしていた。

男は脚をもつれさせて転んだ。身体が丸いためか、一回転した。結果、男は卓袱台に肩をぶつけた。痛いはずなのに、構わず立ちあがり、ズボンを穿いた。男はベルトも締めず、ファスナーをあげただけで、鞄を持ち、あたしに言った。

「おい、何してんだ。火事だって。聞こえねえのか」

男はあたしを(にら)むように見た。必死の形相だ。

「早くって」

男はあたしの腕を掴んだ。あたしは動こうとしなかった。すると、男は、

「知るかっ」

こう言って、速足で部屋を出た。階段を下りる男の身体は、廊下の下へ斜めに沈んでいった。

「火事だ」

間髪入れず男の声が響いた。

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