第132話

文字数 1,025文字

ここで二週間も生活すると、夜には同じような顔ぶれがこの空間を占めることに気付かされた。

「住んでるんだ」

あたしは自分のことは棚にあげて、ある種の驚きをもって「住人」の顔を眺めた。若い人がほとんどだったけれども、中年らしき人の顔も見た。女性もいた。

あたしは自分の身のうえを話したくなかったので、他人と関わらないようにしていたが、それでも多少は話す機会があった。

ある深夜、寝付けなかったので、漫画を取りに個室を出たところ、髪の長い青いアイシャドーをした女性に話しかけられた。胸元の開いた赤のワンピースを着た彼女は「ホステスのバイトをしている」と言っていた。十九歳だというのに、随分と大人びている人だった。

「困っているんだったら、うちの店紹介するよ」

彼女は言った。甘い香りがした。ユリの香りらしい。

どういう意図で「紹介する」と言ったのか分からない。しかし、あたしはそれを素直に嬉しいと思った。世の中のどこかには、味方がいるのだと感じられたから。

「あなた綺麗だから、すぐに太客(ふときゃく)付くよ。男なんて利用するに限るよ。向こうだって大概なんだから」

あたしは『太客』を知らなかったが、何となく意味は推量できた。推量しながら、雄鳥のパフォーマンスを思い浮かべた。エサを運んできたり、巣作りをしたり、求愛のダンスをしたり、選んでもらうために必死な姿を。

ユウヤを発見したのは、ここに来て四日目だった。久しぶりに見たユウヤは髪が長くなっていた。恐らく散髪するだけの余裕がないのだろう。金銭的に窮すると、先ず削るのはそういうところだ。

髪の長いところ以外は変わっているようには見えなかった。声はもちろん聞こえなかったけれども、ギターを弾きながら、膝でリズムを取り、身体を揺らす。その揺らしかたも同じだった。

あたしはユウヤを見ても、すぐには動かなかった。ユウヤの生活に何か変わったところがないか、観察する心づもりでいた。時間が経っている以上、以前と同じ生活パターンを前提にするわけにはいかなかった。

しかし、人間というのはほとんど変わらないようだ。十日も観察すると、ユウヤの生活は何も変わっていないことが(おの)ずと知れた。

「まずは第一段階」

ユウヤが商店街の入口で歌い始めたある夜、あたしはネットカフェを出て、ユウヤの部屋に行った。扉の新聞受けに手を突っ込むと、ゴム紐に吊るされた鍵に手が触れた。

「以前のままだね」

そう簡単には変わらないのだと改めて思いながら、鍵を使って扉を開け、なかに入った。

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