第七章 芸術祭 第七話
文字数 3,009文字
リゼットは場所をポーラック邸に移した。
「ロケット……つまりラインダンスを踊りましょう」
ピアノに手を置いて、ソファや椅子に腰掛けている令嬢たちに提案した。もちろん彼女たちの誰一人ラインダンスなど知らない。
宝川歌劇団のレビューショーには、必ずラインダンスが入る。装飾が施されたレオタードを身に着けた団員が、横一列に並び音楽に合わせて足を上げるのである。新入団員が初舞台で披露するのが有名だが、新入団員がいない公演では研3くらいまでの若手が担う。夢園 さゆりはとっくの昔にロケットを卒業しているが、腐っても現役の団員、できないことはない。ちょっとスカートを持ち上げてリズミカルに足を上げて見せた。
「そんなダンス、どの劇場でも見たことがございませんわ」
「それに、足を見せるなんて破廉恥ですわ」
ジゼルの衣装ですらシモンに文句をつけられたほどだから当然の反応だ。だが、リゼットはこれしかないと思い定めていた。
「このダンスは、大人数で動きが揃えるところが見ものですのよ。だからこそ、皆さんで一緒にやったらいいと思いましたの。もちろん、さっきわたくしがやって見せたように、頭の高さまで足を上げるのは無理でしょうから、腰の高さにして、回数も減らして、ゆっくりにしますわ。
皆さん、準備していたものが披露できなくなりましたが、このまま芸術祭に出ないなんて無念でございましょう。だから協力して一つの芸術を作り上げるのです。これまでにない新しい踊りですから、審査員の印象にも残ると思いますわ。リアーヌ様は先ほど、今から小さな絵を描いても物笑いになるだけとおっしゃっていましたわね。まったくその通りだと思います。だから協力してこの踊りを作りましょう。きっと審査員にも強い印象を残せるはずですわ」
「強い印象? 確かにそうだな、娼婦のような破廉恥な踊りだと、最悪の評価を下されるだろう」
シモンが吐き捨てるように言った。確かにレオタードで足を上げるなんて、貴族令嬢らしからぬ行動だ。
「でもお兄様、審査員は芸術家なのでしょう。彼らの感覚は普通の貴族たちとは違うはずですわ。絵画も彫刻も裸の男女が盛りだくさんですし、詩だってちょっと官能的な感じのもあるでしょう。ちょっとセクシーなくらいが、むしろちょうどいいのではなくて?
それにこの踊りは破廉恥とかそういうことではなく、なんというか、健全なお色気なんですわ。想像してみてくださいな。皆で揃えて連続して足を上げるのは、体力も技術も必要なんです。そういう芸術作品としての美しさや素晴らしさがあるんですわ。観客もそれを感じ取るから、ただ若い娘の足がセクシーだな、ってそれだけで終わるものではなんですの。それがラインダンスであり、レビューというものなんですわ」
ジゼルのバリエーションがこの世界のバレエの進化系なら、レビューもラインダンスもきっと未来に生まれる出し物にちがいない。それを先取りするのだから、一定の評価が得られる。ましてそれを生み出す立場であろう芸術家たちならば、きっと受け入れてくれるはずだ。リゼットはそう信じていた。
「嫌です。だいたいわたくし、あなた方と協力するなんて一言も言っておりませんわよ」
ローズは立ち上がってツンとそっぽを向いてしまった。リアーヌも口をへの字に曲げて不服そうにしている。
「で、でも、それじゃあ、どうするおつもりで?」
パメラが遠慮がちに訊ねたが、二人とも答えられるわけがなかった。
「これはもう腹をくくるしかないようですわよ。リゼットはこれまでの皇太子妃選びでも成功を収めてきたのだから、彼女の案に賭けてみる価値はあると思いますわ」
サビーナが一歩前に出て、全員に諭すように言った。
「そうですわね。どうせ無理やりバイオリンを弾いても、聞くに堪えない演奏になるに決まっていますもの。だったらそのラインダンスとかいうのを踊ったって同じですわ」
ブランシュは持ち前の明るさでリゼットの提案を飲んでくれた。
「わたしもやるわ。 楽しそうだもの」
続いてキトリィも賛成してくれた。アンリエットは流石に渋い顔をしていたが、代わりの出し物が思いつかず、反対することはできなかった。
「……仕方ありませんわね。そのかわり、やるからには高い評価が得られるようにしてくださいな」
「もう、こうなったら、やけくそですわ」
ローズもリアーヌも遂に受け入れた。
そうと決まればまずは楽曲である。サビーナが伴奏をしてくれるというので、リゼットは転生前に出演していた「Radiant TAKARAGAWA」の主題歌の主旋律を五線譜に描き起こした。サビーナはそれに調子のよい伴奏をつけてくれた。
「サビーナは自分の曲もあるのだから、あまり無理はしないでね」
「そんなこといいのよ。もう、わたくしもラインダンスに演奏者として加わるわ。この曲、一般的なピアノの曲とは違う趣があって難しいわ。しかも4日、もう夕方だから、実質あと三日で仕上げるのですもの。中途半端になってしまうのは嫌だから、こちらの演奏に力を注ぐわ」
「サビーナ、ありがとう」
裁判の時の埋め合わせだと、サビーナは少し恥ずかしそうに言った。
「リゼット様、わたくしも何か協力したいわ」
パメラまでそう申し出てくれたので、レビューショーのワンシーンらしく冒頭にパメラの歌を入れることにした。
次は振り付けだが、全員がどこまで動けるかを確認しないことには始まらない。リゼットはまず全員の柔軟性を確かめた。動きやすいように下着だけになってもらう。もちろんシモンは部屋の外に追い出した。
案の定、やんごとない貴族のご令嬢たちは体が堅かった。これでは複雑な動きはできないし、腰の高さですら足を上げられないかもしれない。
その中で、キトリィだけは驚異の柔軟性を見せつけてきた。足を前後に開いてぺたりと地面につくうえに、側転やバック転までこなした。流石はサーカスごっこが趣味なだけはある。
「素晴らしいわ。それでは前半は王女様にアクロバットを披露してもらいますわ。良いですわよね、アンリエット様」
「ええ。こうなった以上は、全てリゼット様にお任せしますわ」
アンリエットはため息交じりだった。
全員にキトリィほどの柔らかさは求めないが、とにかく体をほぐさないことには踊れない。リゼットは全員に柔軟をさせて、その間に振り付けを考えることにした。
「イタタタ! 強く押さないでくださいな」
二人一組で開脚して座った方の背中をもう一人に押させる。ローズは少し角度が付いただけで悲鳴を上げた。ブランシュもリアーヌも同じ有様だった。
「この程度で音を上げてはいけないわ。三日の間になんとか踊れるようにしないといけなんですからね!」
リゼットはいつになくびしっと言いつけて、また振り付けの思索に戻った。
振り付けが出来上がると、皆で合わせる所から練習を始めた。揃っていなくても、まずは動きを覚えてもらうのが先だ。幸い彼女たちは社交界でのダンスはできたのでリズム感はあった。しかも振り付けは、体を斜めに倒したり、一歩前に出るとか下がるとか、そういう簡単な動きの連続だったので、覚えるのは苦ではなかった。
「よし。あと三日しかないんしかなんだかだから、今日から泊まり込みで練習するわよ。各自一度家に戻って荷物を持ってきて!」
リゼットは号令をかけて、自らも一度カミーユの工房へ戻った。
「ロケット……つまりラインダンスを踊りましょう」
ピアノに手を置いて、ソファや椅子に腰掛けている令嬢たちに提案した。もちろん彼女たちの誰一人ラインダンスなど知らない。
宝川歌劇団のレビューショーには、必ずラインダンスが入る。装飾が施されたレオタードを身に着けた団員が、横一列に並び音楽に合わせて足を上げるのである。新入団員が初舞台で披露するのが有名だが、新入団員がいない公演では研3くらいまでの若手が担う。
「そんなダンス、どの劇場でも見たことがございませんわ」
「それに、足を見せるなんて破廉恥ですわ」
ジゼルの衣装ですらシモンに文句をつけられたほどだから当然の反応だ。だが、リゼットはこれしかないと思い定めていた。
「このダンスは、大人数で動きが揃えるところが見ものですのよ。だからこそ、皆さんで一緒にやったらいいと思いましたの。もちろん、さっきわたくしがやって見せたように、頭の高さまで足を上げるのは無理でしょうから、腰の高さにして、回数も減らして、ゆっくりにしますわ。
皆さん、準備していたものが披露できなくなりましたが、このまま芸術祭に出ないなんて無念でございましょう。だから協力して一つの芸術を作り上げるのです。これまでにない新しい踊りですから、審査員の印象にも残ると思いますわ。リアーヌ様は先ほど、今から小さな絵を描いても物笑いになるだけとおっしゃっていましたわね。まったくその通りだと思います。だから協力してこの踊りを作りましょう。きっと審査員にも強い印象を残せるはずですわ」
「強い印象? 確かにそうだな、娼婦のような破廉恥な踊りだと、最悪の評価を下されるだろう」
シモンが吐き捨てるように言った。確かにレオタードで足を上げるなんて、貴族令嬢らしからぬ行動だ。
「でもお兄様、審査員は芸術家なのでしょう。彼らの感覚は普通の貴族たちとは違うはずですわ。絵画も彫刻も裸の男女が盛りだくさんですし、詩だってちょっと官能的な感じのもあるでしょう。ちょっとセクシーなくらいが、むしろちょうどいいのではなくて?
それにこの踊りは破廉恥とかそういうことではなく、なんというか、健全なお色気なんですわ。想像してみてくださいな。皆で揃えて連続して足を上げるのは、体力も技術も必要なんです。そういう芸術作品としての美しさや素晴らしさがあるんですわ。観客もそれを感じ取るから、ただ若い娘の足がセクシーだな、ってそれだけで終わるものではなんですの。それがラインダンスであり、レビューというものなんですわ」
ジゼルのバリエーションがこの世界のバレエの進化系なら、レビューもラインダンスもきっと未来に生まれる出し物にちがいない。それを先取りするのだから、一定の評価が得られる。ましてそれを生み出す立場であろう芸術家たちならば、きっと受け入れてくれるはずだ。リゼットはそう信じていた。
「嫌です。だいたいわたくし、あなた方と協力するなんて一言も言っておりませんわよ」
ローズは立ち上がってツンとそっぽを向いてしまった。リアーヌも口をへの字に曲げて不服そうにしている。
「で、でも、それじゃあ、どうするおつもりで?」
パメラが遠慮がちに訊ねたが、二人とも答えられるわけがなかった。
「これはもう腹をくくるしかないようですわよ。リゼットはこれまでの皇太子妃選びでも成功を収めてきたのだから、彼女の案に賭けてみる価値はあると思いますわ」
サビーナが一歩前に出て、全員に諭すように言った。
「そうですわね。どうせ無理やりバイオリンを弾いても、聞くに堪えない演奏になるに決まっていますもの。だったらそのラインダンスとかいうのを踊ったって同じですわ」
ブランシュは持ち前の明るさでリゼットの提案を飲んでくれた。
「わたしもやるわ。 楽しそうだもの」
続いてキトリィも賛成してくれた。アンリエットは流石に渋い顔をしていたが、代わりの出し物が思いつかず、反対することはできなかった。
「……仕方ありませんわね。そのかわり、やるからには高い評価が得られるようにしてくださいな」
「もう、こうなったら、やけくそですわ」
ローズもリアーヌも遂に受け入れた。
そうと決まればまずは楽曲である。サビーナが伴奏をしてくれるというので、リゼットは転生前に出演していた「Radiant TAKARAGAWA」の主題歌の主旋律を五線譜に描き起こした。サビーナはそれに調子のよい伴奏をつけてくれた。
「サビーナは自分の曲もあるのだから、あまり無理はしないでね」
「そんなこといいのよ。もう、わたくしもラインダンスに演奏者として加わるわ。この曲、一般的なピアノの曲とは違う趣があって難しいわ。しかも4日、もう夕方だから、実質あと三日で仕上げるのですもの。中途半端になってしまうのは嫌だから、こちらの演奏に力を注ぐわ」
「サビーナ、ありがとう」
裁判の時の埋め合わせだと、サビーナは少し恥ずかしそうに言った。
「リゼット様、わたくしも何か協力したいわ」
パメラまでそう申し出てくれたので、レビューショーのワンシーンらしく冒頭にパメラの歌を入れることにした。
次は振り付けだが、全員がどこまで動けるかを確認しないことには始まらない。リゼットはまず全員の柔軟性を確かめた。動きやすいように下着だけになってもらう。もちろんシモンは部屋の外に追い出した。
案の定、やんごとない貴族のご令嬢たちは体が堅かった。これでは複雑な動きはできないし、腰の高さですら足を上げられないかもしれない。
その中で、キトリィだけは驚異の柔軟性を見せつけてきた。足を前後に開いてぺたりと地面につくうえに、側転やバック転までこなした。流石はサーカスごっこが趣味なだけはある。
「素晴らしいわ。それでは前半は王女様にアクロバットを披露してもらいますわ。良いですわよね、アンリエット様」
「ええ。こうなった以上は、全てリゼット様にお任せしますわ」
アンリエットはため息交じりだった。
全員にキトリィほどの柔らかさは求めないが、とにかく体をほぐさないことには踊れない。リゼットは全員に柔軟をさせて、その間に振り付けを考えることにした。
「イタタタ! 強く押さないでくださいな」
二人一組で開脚して座った方の背中をもう一人に押させる。ローズは少し角度が付いただけで悲鳴を上げた。ブランシュもリアーヌも同じ有様だった。
「この程度で音を上げてはいけないわ。三日の間になんとか踊れるようにしないといけなんですからね!」
リゼットはいつになくびしっと言いつけて、また振り付けの思索に戻った。
振り付けが出来上がると、皆で合わせる所から練習を始めた。揃っていなくても、まずは動きを覚えてもらうのが先だ。幸い彼女たちは社交界でのダンスはできたのでリズム感はあった。しかも振り付けは、体を斜めに倒したり、一歩前に出るとか下がるとか、そういう簡単な動きの連続だったので、覚えるのは苦ではなかった。
「よし。あと三日しかないんしかなんだかだから、今日から泊まり込みで練習するわよ。各自一度家に戻って荷物を持ってきて!」
リゼットは号令をかけて、自らも一度カミーユの工房へ戻った。