第十二章 ざわめく社交界 第六話
文字数 2,964文字
カミーユの家でシモンがソンルミエール家の領地へ行くと伝えると、ノエルはひどく心配して、自分もついていくと言いだした。
「でも、ノエルはここでソフィと一緒にいないと」
ノエルが付いているのは、行儀見習いをさせるためでもあるが、万が一何か起きた時に対処できるようにだ。
「わたしは大丈夫ですよ。ずっと家の中にいれば、誰に見られることもないですし」
ノエルの気持ちがよくわかるから、ソフィはノエルを行かせてほしいと頼んだ。
だがシモンは拒んだ。
「いらん。女が後ろでちょろちょろしていたら邪魔なだけだ。お前は格闘ができるわけでもないのだからな」
「でもシモン様お一人で、火中に飛び込むようなものですよ」
ノエルは食い下がった。こうなるとリゼットはノエルがかわいそうになって、連れて行くように強く勧めた。
「そうだわ。もしお兄様に何かあった時に、連絡係が必要じゃない? だって一人きりだったら、何がどうなったか、わたしたち知る術がないわ」
ノエルは縁起でもないことを言うなといきり立ったが、シモンからすると説得力があったようで、心変わりしてノエルの同行を許可した。
「ただし、お前は万が一の時に都へ戻って一切をリゼットに報告するために来るんだからな。常にわたしと一緒に行動し情報を共有しろ。そしてもし危険だと判断したら、即離脱しろ。わかったな」
「前の方はもう願ってもないことですが、後ろの方のシモン様を見捨てて逃げるというのは……。いいえ、何でもありません。おっしゃる通りにいたします」
シモンに睨まれて慌てて言い直すノエル。シモンと二人っきりでいられることを喜んでいるのはみえみえだ。今はそういう場合ではないが、とにかくシモン一人だけというのも頼りないし、下心があればこそノエルもシモンを積極的ン助けるだろう。
「ノエルさん、家令から聞いたのですが、幼い頃、父と母を殺した集団は、棘のある円形、太陽のような、星のような、そういう印を腕につけていたそうです。シモン様のお役に立つ情報であればいいのですが」
ノエルが出発する前に、ソフィはソンルミエール家の刺客団の手がかりになりえる情報を伝えた。後でブランシュたちに聞いてみたが、もちろんそれがソンルミエール家の紋章だとか、そういうことはなかった。
リゼットたちはポーラック邸の前で馬車に乗り込む二人を見送った。ポーラック卿が腕の立つ使用人を三人つけてくれたので、刺客と格闘してあっさり命を失うということはないだろう。それでも危険に変わりはないから、神に二人の無事を祈った。
さて、パメラはセブランと一緒に数日おきに皇太子に音楽療法を行い、その際に情報を交換した。ブランシュは、調べ残したことがないかと、法院に通って事件について調べていた。サビーナはいつになく積極的に社交の場へ出てゆき、ローズとリアーヌに目を光らせるだけでなく、この事件をめぐる社交界の感情もしっかりと見張った。キトリィもよく社交の場に現れて、その発言力を誇示し、また脱落した令嬢たちとのつながりも深め、皇后が勝手なことを言い出した場合に、すぐに圧力がかけられるように備えた。
一方、前にアンリエットが憂えていたように、メリザンドは王女に企みを阻止されても、皇太子妃の座を諦めていなかった。
「皇后陛下はわたくしを憐れんで下さっていたではありませんか。それなのに王女様の言葉を聞き入れて、わたくしとの約束を反故にするなんて」
可愛がってきた狩野署に彼女も恨み言をいわれ、皇后は今にも泣きだしそうだった。
「わたくしとて、本当は言いたくなかったのですよ。あなたを皇太子妃にするとは決めていないなんて。でもあの場合、どうすればよかったというの」
この様子では、あまり責めたてると嫌われるかもしれないと、メリザンドは文句はそれくらいに留めた。
キトリィが令嬢たちを煽って、これまでの妃選びの結果を尊重し、独断で相手を決めるなと皇后に迫ったのは、リゼットを助けるために決まっている。それまでソンルミエール公爵が早く皇太子妃を決めろと盛んに働きかけていたのに、それがまったく無駄になった。メリザンドはまたしてもリゼットに阻まれたのだ。
(リゼットもしぶといわね。男色だろうが何だろうが、殿下が誰も選ばなかったのは事実。殿下の思し召しがなければ、箸にも棒にもかからない賤しい娘のくせに、どこまでしがみつくつもりかしら。
殿下が誰をお気に召そうが関係ないわ。幼いころから約束されていた通り、わたくしが皇太子妃になってみせる。今、皇太子妃選びは白紙になったも同然。候補の令嬢たちは、一番最初の横並び状態に戻ったともいえる。ならば、その中で一番抜きんでているのはわたくしに他ならない。他の誰も敵ではないわ)
してやられたからといって、立ち止まっているわけにはいかない。すぐにそれを上回る手を考え、やり返さなければならない。メリザンドは皇后の苦悩に寄り添い、さも理解しているような顔をして慰めた。そしてあることを提案した。
「こうなっては、社交界の誰もが納得する方法で皇太子妃を決めてしまわねばなりません。ならば、いっそのこと選挙にしてしまってはどうでしょう?」
「選挙? 貴族たちに選ばせるというのですか」
「ええ。最終候補に残った五人のうち、誰がふさわしいか投票を行いますの。これこそ誰からも文句の出ない公正なやり方ではございませんか。殿下のお相手ですから、殿下のお気持ちが大切だという意見も出ましょうけど、当の殿下があの調子では、そんな批判はすぐにおさまりますわ。
もちろん、わたくしは投票でリゼットに勝つ自信があります。あんなポッと出の平民上がり、幼いころから都の社交界で名を馳せてきたわたくしに敵うべくもありません。社交界の方々はきっとわたくしを支持してくれますわ」
皇后もこれは良い考えだと、彼女の提案を受け入れた。皇帝にも提案してみると、投票はこの問題を限りなく円満に解決する方法だと大層喜んだ。そして皇后と一緒に具体的な方法を詰めた。
また、このころ王宮ではもう一つの行事の準備に追われていた。それは秋の恒例行事、天体観測会だった。秋の澄んだ空気のもと、都の東にある小高い丘に集って星を鑑賞するのである。もちろん、今年は建国500年にかこつけて盛大に行われる。本来は、皇太子妃に選ばれた娘の一家と皇族の顔合わせになるはずだったが、誰も選ばれなかったので、それもなくなってしまった。
皇帝は都の貴族がほとんど集まるからちょうど良いと、そこで選挙の実施を発表すると決めた。
天体観測会の招待状はリゼットにも届いた。この世界の星座も前世と同じなのだろうか。自然と興味がわいた。
「でも、わたくしは殿下に振られて意気消沈していることになっているから、出て行くわけにはいかないわよね。残念だけど、お屋敷でお留守番だわ」
サビーナたちは社交界の様子を探るためにも当然参加するし、キトリィももちろん参加する。仕方がないことであるが退屈である。ソフィの名誉回復と皇太子との愛の成就を第一にすべき時に、そんな不満を鳴らしてはいけないが。
「そうだわ。皆が丘に集まっている間に、ソフィと殿下を会わせることはできないかしら」
リゼットは二人を一度対面させられないかと考えた。
「でも、ノエルはここでソフィと一緒にいないと」
ノエルが付いているのは、行儀見習いをさせるためでもあるが、万が一何か起きた時に対処できるようにだ。
「わたしは大丈夫ですよ。ずっと家の中にいれば、誰に見られることもないですし」
ノエルの気持ちがよくわかるから、ソフィはノエルを行かせてほしいと頼んだ。
だがシモンは拒んだ。
「いらん。女が後ろでちょろちょろしていたら邪魔なだけだ。お前は格闘ができるわけでもないのだからな」
「でもシモン様お一人で、火中に飛び込むようなものですよ」
ノエルは食い下がった。こうなるとリゼットはノエルがかわいそうになって、連れて行くように強く勧めた。
「そうだわ。もしお兄様に何かあった時に、連絡係が必要じゃない? だって一人きりだったら、何がどうなったか、わたしたち知る術がないわ」
ノエルは縁起でもないことを言うなといきり立ったが、シモンからすると説得力があったようで、心変わりしてノエルの同行を許可した。
「ただし、お前は万が一の時に都へ戻って一切をリゼットに報告するために来るんだからな。常にわたしと一緒に行動し情報を共有しろ。そしてもし危険だと判断したら、即離脱しろ。わかったな」
「前の方はもう願ってもないことですが、後ろの方のシモン様を見捨てて逃げるというのは……。いいえ、何でもありません。おっしゃる通りにいたします」
シモンに睨まれて慌てて言い直すノエル。シモンと二人っきりでいられることを喜んでいるのはみえみえだ。今はそういう場合ではないが、とにかくシモン一人だけというのも頼りないし、下心があればこそノエルもシモンを積極的ン助けるだろう。
「ノエルさん、家令から聞いたのですが、幼い頃、父と母を殺した集団は、棘のある円形、太陽のような、星のような、そういう印を腕につけていたそうです。シモン様のお役に立つ情報であればいいのですが」
ノエルが出発する前に、ソフィはソンルミエール家の刺客団の手がかりになりえる情報を伝えた。後でブランシュたちに聞いてみたが、もちろんそれがソンルミエール家の紋章だとか、そういうことはなかった。
リゼットたちはポーラック邸の前で馬車に乗り込む二人を見送った。ポーラック卿が腕の立つ使用人を三人つけてくれたので、刺客と格闘してあっさり命を失うということはないだろう。それでも危険に変わりはないから、神に二人の無事を祈った。
さて、パメラはセブランと一緒に数日おきに皇太子に音楽療法を行い、その際に情報を交換した。ブランシュは、調べ残したことがないかと、法院に通って事件について調べていた。サビーナはいつになく積極的に社交の場へ出てゆき、ローズとリアーヌに目を光らせるだけでなく、この事件をめぐる社交界の感情もしっかりと見張った。キトリィもよく社交の場に現れて、その発言力を誇示し、また脱落した令嬢たちとのつながりも深め、皇后が勝手なことを言い出した場合に、すぐに圧力がかけられるように備えた。
一方、前にアンリエットが憂えていたように、メリザンドは王女に企みを阻止されても、皇太子妃の座を諦めていなかった。
「皇后陛下はわたくしを憐れんで下さっていたではありませんか。それなのに王女様の言葉を聞き入れて、わたくしとの約束を反故にするなんて」
可愛がってきた狩野署に彼女も恨み言をいわれ、皇后は今にも泣きだしそうだった。
「わたくしとて、本当は言いたくなかったのですよ。あなたを皇太子妃にするとは決めていないなんて。でもあの場合、どうすればよかったというの」
この様子では、あまり責めたてると嫌われるかもしれないと、メリザンドは文句はそれくらいに留めた。
キトリィが令嬢たちを煽って、これまでの妃選びの結果を尊重し、独断で相手を決めるなと皇后に迫ったのは、リゼットを助けるために決まっている。それまでソンルミエール公爵が早く皇太子妃を決めろと盛んに働きかけていたのに、それがまったく無駄になった。メリザンドはまたしてもリゼットに阻まれたのだ。
(リゼットもしぶといわね。男色だろうが何だろうが、殿下が誰も選ばなかったのは事実。殿下の思し召しがなければ、箸にも棒にもかからない賤しい娘のくせに、どこまでしがみつくつもりかしら。
殿下が誰をお気に召そうが関係ないわ。幼いころから約束されていた通り、わたくしが皇太子妃になってみせる。今、皇太子妃選びは白紙になったも同然。候補の令嬢たちは、一番最初の横並び状態に戻ったともいえる。ならば、その中で一番抜きんでているのはわたくしに他ならない。他の誰も敵ではないわ)
してやられたからといって、立ち止まっているわけにはいかない。すぐにそれを上回る手を考え、やり返さなければならない。メリザンドは皇后の苦悩に寄り添い、さも理解しているような顔をして慰めた。そしてあることを提案した。
「こうなっては、社交界の誰もが納得する方法で皇太子妃を決めてしまわねばなりません。ならば、いっそのこと選挙にしてしまってはどうでしょう?」
「選挙? 貴族たちに選ばせるというのですか」
「ええ。最終候補に残った五人のうち、誰がふさわしいか投票を行いますの。これこそ誰からも文句の出ない公正なやり方ではございませんか。殿下のお相手ですから、殿下のお気持ちが大切だという意見も出ましょうけど、当の殿下があの調子では、そんな批判はすぐにおさまりますわ。
もちろん、わたくしは投票でリゼットに勝つ自信があります。あんなポッと出の平民上がり、幼いころから都の社交界で名を馳せてきたわたくしに敵うべくもありません。社交界の方々はきっとわたくしを支持してくれますわ」
皇后もこれは良い考えだと、彼女の提案を受け入れた。皇帝にも提案してみると、投票はこの問題を限りなく円満に解決する方法だと大層喜んだ。そして皇后と一緒に具体的な方法を詰めた。
また、このころ王宮ではもう一つの行事の準備に追われていた。それは秋の恒例行事、天体観測会だった。秋の澄んだ空気のもと、都の東にある小高い丘に集って星を鑑賞するのである。もちろん、今年は建国500年にかこつけて盛大に行われる。本来は、皇太子妃に選ばれた娘の一家と皇族の顔合わせになるはずだったが、誰も選ばれなかったので、それもなくなってしまった。
皇帝は都の貴族がほとんど集まるからちょうど良いと、そこで選挙の実施を発表すると決めた。
天体観測会の招待状はリゼットにも届いた。この世界の星座も前世と同じなのだろうか。自然と興味がわいた。
「でも、わたくしは殿下に振られて意気消沈していることになっているから、出て行くわけにはいかないわよね。残念だけど、お屋敷でお留守番だわ」
サビーナたちは社交界の様子を探るためにも当然参加するし、キトリィももちろん参加する。仕方がないことであるが退屈である。ソフィの名誉回復と皇太子との愛の成就を第一にすべき時に、そんな不満を鳴らしてはいけないが。
「そうだわ。皆が丘に集まっている間に、ソフィと殿下を会わせることはできないかしら」
リゼットは二人を一度対面させられないかと考えた。