第十二章 ざわめく社交界 第四話
文字数 2,870文字
ローズとリアーヌはポーラック家の入り口が見えるところに馬車を止めて、じっと見張っていた。
しばらくすると、ブランシュがシモンと一緒に馬車に乗って出かけていった。後をつけと、行き先はやはり法院だった。
「きっと裁判の記録を見に行くはずですわ。いいですわね、まずはあなたがわざと二人に話しかけて、気を引いて、適当なところで引き上げてくださいませ。あなたが帰ればあの二人もまさかわたくしが残って見張っているなんて警戒しなくなりますからね」
「わかっていますわ。しっかり探って、何を調べているのか突き止めてくださいな」
二人は顔を見合わせて、二人が法院の中へ入って少ししてから馬車を降り、先にローズが中へ入って行った。
リアーヌ法院の扉の前で待っていると、不意に肩を叩かれた。振り返ってリアーヌは息をのんだ。そこにいたのはサビーナである。
「サビーナ様、ど、どうしてこちらに?」
「あら、その言葉そっくりそのままお返ししますわ」
「わ、わたくしがどこで何をしようと、勝手でございましょう」
「でしたらわたくしがここにいても、おかしいことはないですわね」
これは逃げるしかないとリアーヌが身を翻そうとしたが、サビーナはその腕にがっちりと腕をからませた。
「ちょうどよかったわ。せっかくですから、我が家でお茶しませんこと」
そうやってきわめて友好的にサビーナはリアーヌを捕まえていた。しばらくするとブランシュに追い出されたローズが出てきたので、サビーナはもう片方の手で捕まえて、強引に自分の馬車に乗せて茶会へ招待した。
その様子を法院の窓からブランシュとシモンが眺めていた。
「やっぱりあの二人が探りに来ましたわね。サビーナが上手くやってくれるといいんですけれど」
「そうだな。さあ、厄介者は排除できたから、調べを進めるぞ」
法院の棚には各案件ごとに記録をかき取った紙を重ねて紐で閉じたものが重ねて並べられていた。13年前の件の記録については、もう探し出していた。
だが記録はまったく簡素で、ソフィから聞いた通り、フルーレトワール侯爵が敵国と内通していたことと、判決を記しているに過ぎない。
「この裁判で動かぬ証拠となったのが侯爵家の領地にあった武器弾薬そのものと、敵国からの親書だ。親書はこうして裁判で暴かれるわけだから、当然精巧に偽造してあったに違いない。一応、法院には賄賂や圧力は通用しなかったはずだからな」
「ええ、それはおじい様に確認しましたわ。ソンルミエール家とは、世間一般のお付き合いで、特別贔屓することもなかったって。そもそもおじい様が不正なんてしていませんわよ」
「だとしたら、カギになるのは、やはり最初にフルーレトワール侯爵を騙した、皇室から届いたという書類だ」
「記録では、フルーレトワール家からそれを提出していますが、言い逃れするための偽造であって、皇室は全く関与していないとありますわ」
「なるほど、ソンルミエール家は、自ら偽造した書類を言い逃れのために準備したものと巧みに思いこませたわけだ。恐らく告発の後で急いで領地から取り寄せたから、ずいぶん後になって提出されたのだろう。その時にはすでに大勢は決していたのだろうな」
「だとしたら、どうやってその偽造文書がソンルミエール家の手によるものだと暴けるのかしら」
シモンはしばらく考えて、やがて何か閃いたように立ち上がった。
「方法はある。ソンルミエール家が偽造したとして、なにも公爵自身が書いたり偽の皇室の印を作ったわけではない。文章を偽造した者がいるはずだ。その人物を見つけ出す。そして過去の出来事を自白させる。ただし、その人物はもうこの世にいないかもしれない。なぜなら後でそいつが本当の事を吐いたらソンルミエール家はお終いだから、口封じに殺された可能性が高い」
ブランシュはがっかりした。それでは、ソフィアの名誉回復はほぼ不可能ではないか。だが、シモンはまだ思考をやめていなかった。
「どちらにせよ、文書偽造の犯人を探しに行く前に、ここでできることを絞り込んで着手しよう。そもそもなぜソンルミエール家がフルーレトワール家を滅ぼさねばならなかったのか。アンリエットの言っていた娘を皇太子に娶せるだのなんだという問題だけで、一族を滅亡させるほどのことをするはずはない。もっと深い理由があるはずだ。
13年前よりさらにさかのぼって、ソンルミエール家またはフルーレトワール家に関する裁判がないかどうか調べよう。別の小さな事件が引き金になっている可能性もある。それと、帰ったらポーラック卿に、その二つの家にまつわることをもう少し詳しく聞くんだ。些細なことでも構わないから、そこから糸口をつかもう」
二人は13年前以前の事件の記録を片っ端から取ってきて、陽が傾き、記録質の管理人に退出を求められるまで紙をめくり続けた。
リゼットはこっそりとソフィの様子を見に来た。念には念を入れて、彼女は都へ戻ってから、一回も家の外に出ていなかった。また、誰かにその姿を見られても困るので、窓も閉めきって、昼間であってもカーテンを開けなかった。
カミーユは好意で彼女にドレスを貸してやっていた。いつもの従者姿でないと、実に愛らしい娘に見える。本人はあまり慣れないようで動きにくそうにしていたが、じっとしているのは性に合わないようで、家の中で掃除をしたり、食事を作ったりして過ごしていた。
「皆さんがわたしのために奔走してくださっているのに、ただ待っているだけというのは申し訳ないです」
「いいのよ。だってあなたのことが誰かに知れたらいけないもの。それにわたくしも、言い出しっぺのくせに何もしていないようなものだし」
リゼット自身が動き回ると目ざとい誰か、特にローズやリアーヌのような人間に見つかってしまうと、サビーナからあまり屋敷から動かないように言われていた。
「殿下があなたに会いたがっているってパメラから聞いたわ。戻ってきてから一度も顔を合わせていないのよね。あなたも寂しいわよね」
「いいえ。こうして都へ戻り、リゼット様たちにお力添えいただいているのに、そんな贅沢は言えません。」
ソフィは言い切ってから、少し迷いを見せ、こう付け加えた。
「でも、お会いしたいとは思っています。故郷に戻ってからもずっと、殿下の事をが頭を離れませんでした。今も、同じ都にいるというのに、顔を見れないのがとても寂しいのです」
彼女の健気な恋心にリゼットは十分心打たれた。
「わかったわ。なんとかお会いできないか考えてみる」
「本当ですか。でもご無理はなさらず」
「大丈夫よ。何とかするわ。それで思いついたんだけれど、あなたは未来の皇太子妃なんだから、家にいる間、ノエルから令嬢らしい立ち居振る舞いを習ったらどうかしら。それで今度殿下に会ったとき驚かせましょうよ。いいでしょう、ノエル」
「お安い御用ですわ。でも、輪っかのドレスでの歩き方は、リゼット様に習ったほうがよろしいかと。それにかけては右に出る者はいませんから」
ノエルとリゼットは顔を見合わせて笑った。
しばらくすると、ブランシュがシモンと一緒に馬車に乗って出かけていった。後をつけと、行き先はやはり法院だった。
「きっと裁判の記録を見に行くはずですわ。いいですわね、まずはあなたがわざと二人に話しかけて、気を引いて、適当なところで引き上げてくださいませ。あなたが帰ればあの二人もまさかわたくしが残って見張っているなんて警戒しなくなりますからね」
「わかっていますわ。しっかり探って、何を調べているのか突き止めてくださいな」
二人は顔を見合わせて、二人が法院の中へ入って少ししてから馬車を降り、先にローズが中へ入って行った。
リアーヌ法院の扉の前で待っていると、不意に肩を叩かれた。振り返ってリアーヌは息をのんだ。そこにいたのはサビーナである。
「サビーナ様、ど、どうしてこちらに?」
「あら、その言葉そっくりそのままお返ししますわ」
「わ、わたくしがどこで何をしようと、勝手でございましょう」
「でしたらわたくしがここにいても、おかしいことはないですわね」
これは逃げるしかないとリアーヌが身を翻そうとしたが、サビーナはその腕にがっちりと腕をからませた。
「ちょうどよかったわ。せっかくですから、我が家でお茶しませんこと」
そうやってきわめて友好的にサビーナはリアーヌを捕まえていた。しばらくするとブランシュに追い出されたローズが出てきたので、サビーナはもう片方の手で捕まえて、強引に自分の馬車に乗せて茶会へ招待した。
その様子を法院の窓からブランシュとシモンが眺めていた。
「やっぱりあの二人が探りに来ましたわね。サビーナが上手くやってくれるといいんですけれど」
「そうだな。さあ、厄介者は排除できたから、調べを進めるぞ」
法院の棚には各案件ごとに記録をかき取った紙を重ねて紐で閉じたものが重ねて並べられていた。13年前の件の記録については、もう探し出していた。
だが記録はまったく簡素で、ソフィから聞いた通り、フルーレトワール侯爵が敵国と内通していたことと、判決を記しているに過ぎない。
「この裁判で動かぬ証拠となったのが侯爵家の領地にあった武器弾薬そのものと、敵国からの親書だ。親書はこうして裁判で暴かれるわけだから、当然精巧に偽造してあったに違いない。一応、法院には賄賂や圧力は通用しなかったはずだからな」
「ええ、それはおじい様に確認しましたわ。ソンルミエール家とは、世間一般のお付き合いで、特別贔屓することもなかったって。そもそもおじい様が不正なんてしていませんわよ」
「だとしたら、カギになるのは、やはり最初にフルーレトワール侯爵を騙した、皇室から届いたという書類だ」
「記録では、フルーレトワール家からそれを提出していますが、言い逃れするための偽造であって、皇室は全く関与していないとありますわ」
「なるほど、ソンルミエール家は、自ら偽造した書類を言い逃れのために準備したものと巧みに思いこませたわけだ。恐らく告発の後で急いで領地から取り寄せたから、ずいぶん後になって提出されたのだろう。その時にはすでに大勢は決していたのだろうな」
「だとしたら、どうやってその偽造文書がソンルミエール家の手によるものだと暴けるのかしら」
シモンはしばらく考えて、やがて何か閃いたように立ち上がった。
「方法はある。ソンルミエール家が偽造したとして、なにも公爵自身が書いたり偽の皇室の印を作ったわけではない。文章を偽造した者がいるはずだ。その人物を見つけ出す。そして過去の出来事を自白させる。ただし、その人物はもうこの世にいないかもしれない。なぜなら後でそいつが本当の事を吐いたらソンルミエール家はお終いだから、口封じに殺された可能性が高い」
ブランシュはがっかりした。それでは、ソフィアの名誉回復はほぼ不可能ではないか。だが、シモンはまだ思考をやめていなかった。
「どちらにせよ、文書偽造の犯人を探しに行く前に、ここでできることを絞り込んで着手しよう。そもそもなぜソンルミエール家がフルーレトワール家を滅ぼさねばならなかったのか。アンリエットの言っていた娘を皇太子に娶せるだのなんだという問題だけで、一族を滅亡させるほどのことをするはずはない。もっと深い理由があるはずだ。
13年前よりさらにさかのぼって、ソンルミエール家またはフルーレトワール家に関する裁判がないかどうか調べよう。別の小さな事件が引き金になっている可能性もある。それと、帰ったらポーラック卿に、その二つの家にまつわることをもう少し詳しく聞くんだ。些細なことでも構わないから、そこから糸口をつかもう」
二人は13年前以前の事件の記録を片っ端から取ってきて、陽が傾き、記録質の管理人に退出を求められるまで紙をめくり続けた。
リゼットはこっそりとソフィの様子を見に来た。念には念を入れて、彼女は都へ戻ってから、一回も家の外に出ていなかった。また、誰かにその姿を見られても困るので、窓も閉めきって、昼間であってもカーテンを開けなかった。
カミーユは好意で彼女にドレスを貸してやっていた。いつもの従者姿でないと、実に愛らしい娘に見える。本人はあまり慣れないようで動きにくそうにしていたが、じっとしているのは性に合わないようで、家の中で掃除をしたり、食事を作ったりして過ごしていた。
「皆さんがわたしのために奔走してくださっているのに、ただ待っているだけというのは申し訳ないです」
「いいのよ。だってあなたのことが誰かに知れたらいけないもの。それにわたくしも、言い出しっぺのくせに何もしていないようなものだし」
リゼット自身が動き回ると目ざとい誰か、特にローズやリアーヌのような人間に見つかってしまうと、サビーナからあまり屋敷から動かないように言われていた。
「殿下があなたに会いたがっているってパメラから聞いたわ。戻ってきてから一度も顔を合わせていないのよね。あなたも寂しいわよね」
「いいえ。こうして都へ戻り、リゼット様たちにお力添えいただいているのに、そんな贅沢は言えません。」
ソフィは言い切ってから、少し迷いを見せ、こう付け加えた。
「でも、お会いしたいとは思っています。故郷に戻ってからもずっと、殿下の事をが頭を離れませんでした。今も、同じ都にいるというのに、顔を見れないのがとても寂しいのです」
彼女の健気な恋心にリゼットは十分心打たれた。
「わかったわ。なんとかお会いできないか考えてみる」
「本当ですか。でもご無理はなさらず」
「大丈夫よ。何とかするわ。それで思いついたんだけれど、あなたは未来の皇太子妃なんだから、家にいる間、ノエルから令嬢らしい立ち居振る舞いを習ったらどうかしら。それで今度殿下に会ったとき驚かせましょうよ。いいでしょう、ノエル」
「お安い御用ですわ。でも、輪っかのドレスでの歩き方は、リゼット様に習ったほうがよろしいかと。それにかけては右に出る者はいませんから」
ノエルとリゼットは顔を見合わせて笑った。