第八章 恋心 第六話
文字数 2,911文字
あちこちでベルが鳴らされた。もうすぐこのカジノごっこもお開きだと告げた。最後の賭けに参加するには、手持ちの全てのコインを賭けなければならない。
リゼットの袋の中のコインは21枚に増えただけだった。これではとてもサクランボは手に入らない。
シモンは大勝して168枚もコインを集めていた。一体どこで誰から巻き上げたのだろうか。
「巻き上げるとは人聞きの悪い。運が良かったところへ、駆け引きが成功しただけだ。これで私がサクランボを手に入れられる。俺はもう賭けないぞ。お前も無駄なことはやめるんだな」
「ええ、でもお兄様からサクランボをもらうのは、なんだかずるしてるみたいで……。やっぱり、最後にもう一度賭けてみるわ」
ルシアンにサクランボを贈るなら、なるべく自分の力で手にいれたい。サクランボがなかったとしても、自分の手にいれた景品を贈るべきだ。
「それなら一番単純なサイコロにしろ。お前には駆け引きなんか無理だろうからな」
シモンに言われて、クラップゲームのテーブルへ連れていかれた。
そこには、ローズとリアーヌがいた。二人ともブランシュたちの妨害にあってイカサマが出来なくなったうえに、ツキが落ちてかなりすっていた。
「お二人もやけっぱちなのね」
「あなたと一緒にしないでくださる?」
「いいですわ、あなたたちのコインは全て奪ってさし上げますから」
二人に憎まれ口をたたかれて、リゼットは少々気後れしたが、最後の勝負への決死の覚悟は負けていない。
クラップゲームは二つのサイコロを振り、合計が7か11であれば振った者の勝利、2か3か12であれば振った者の負け。それ以外は引き分けとして、二投目にうつる。
誰がサイコロを振るか。三人は互いに睨み合っていたが、ディーラーに、今の時点で一番コインの多い人間と指定された。ローズは12枚、リアーヌは9枚だったので、リゼットに二つのサイコロが手渡された。
(運命の女神様! どうか味方について!)
リゼットは両手にサイコロを閉じ込めて神に祈った。
「まぁ、怖気づきましたの?」
「さっさとしてくださいな」
「この勝負には、コイン以上のものがかかっているのよ!」
二人に急かされるほど、じっくり祈ってからリゼットは思いっきりサイコロを振った。
出た数字は5と4で合計9。勝負がつかない数字だ。二投目になる。
二投目は3と1で4。三投目は6と2で8。こんな調子でまったく勝負がつかなかった。流石に運のない者たちが集っているだけはある。周りに集まった者たちも、サイコロの数字を見ては、勝負がつかないことに落胆の声をあげた。
「もう、いつまで長引かせるつもりですの」
「わたしだって、早く決着をつけたいわよ」
二人に急かされて、リゼットは予科顔 になって答えた。
(お願いします! 運命の女神様!)
再度祈って、深呼吸してから思いっきりサイコロを投げた。ローズとリアーヌ、シモンや見物していた人たちの視線が、転がっていくサイコロに集まる。
「3と4、わたしの勝ちよー!」
合計7が出て、リゼットは飛び上がって大喜びした。ローズは握りこぶしを握りしめて悔しがり、リアーヌはへなへなと座り込んだ。
二人のコインは全てリゼットの懐に入った。ただし、12枚と9枚だからさほど多くない。当然サクランボなど手に入らない。
(まぁいいか。42枚あったら、そこそこましな景品が貰えるわよね)
リゼットは景品の書いてある紙を見て、品定めした。すると、そこへキトリィが肩を落としてやってきた。
「王女様は最後の方で運に見放されてしまって、コインは23枚しか集まりませんでしたの。豆ジャムパイはコイン30枚ですから、足りませんのよ」
アンリエットもキトリィのお守りでなかなかコインを増やせず、18枚しかないとのことだった。
狙っていたお菓子を諦めざるを得ず、涙目になっているキトリィを見て、リゼットは大いにほだされてしまった。
「……では、わたくしが豆ジャムパイを貰って、王女様の景品と交換しますわ」
「本当! ありがとう!」
キトリィは一転して花の咲いたような笑顔を見せた。
「まぁ、悪いですわ」
「良いんですのよ。リゼットのお人好しはいつものことじゃありませんか」
ブランシュに言われて、それ以上遠慮するのはリゼットを困らせるだけと、アンリエットもその好意を受け入れた。
一方、メリザンドと皇后は、ブラックジャックで最後の賭けに挑んでいた。
(ここでもあのリゼット嬢が勝つようなこと、まかりなりませんからね。メリザンドには何としてもサクランボを入手してもらわなくては)
皇后はさりげなくディーラーを務めるソンルミエール公爵に目配せした。
(お任せください皇后陛下。準備半万端でございます)
カードをきるその手を止めずに公爵は微かに笑った。その手中のカードのいくつかには端の所に汚れが付いていた。黒いものと赤いものがある。真横から見ないとわからない汚れだが、端の席に座っているメリザンドにははっきりと見えた。
(これが皇后陛下が用意なさった印ね。10と数えるカードには黒の汚れ、5より下の数字には、赤の汚れが付いている)
あれだけイカサマはご法度だと戒めていたのに、皇后自らがイカサマをしているのだ。そんなこと露ほども知らない人間が、同じテーブルについてる。エテスポワール伯爵、サビーナの父親だ。
(ツキが回ってきている。ここで勝てたなら、サビーナにサクランボを渡すことができる)
サビーナが家出してしまって、親子の仲は修復されていなかった。だからサクランボを手にいれ皇太子と仲を深める機会を与えれば、娘のためを思う気持ちもきっと通じるはずだ。
そして、イカサマを知らずに餌食になろうとする者がもう一人現れた。ルシアンである。
(卵サンドを入手するにはあと10枚コインが足りない。最後の賭けになってしまうが、仕方がない)
ルシアンがテーブルに着くと、ソンルミエール公爵はちらりと皇后を見た。皇后は皇太子は無視して計画通りメリザンドを勝たせるのだと、目顔で伝えた。
サビーナはその勝負の様子を眺めていた。
(お父様、サクランボを手にいれようとしているのかしら)
まだ娘を皇太子妃にという野望を捨てられないようだ。その果てに起こした行動で娘に愛想をつかされたのに、懲りていない。
(ひょっとして、また何か不正をしているんじゃないの)
サビーナは気になってもう少しテーブルに近付き、カードや参加者の手元をじっくりと見た。すると、メリザンドの側から見えるカードの端に、僅かに汚れが付いているのが見えた。
(でも、お父様からは見えない。もしかして、他の誰かが不正をしているの? 考えてみれば、ソンルミエール公爵に皇后陛下、メリザンドが揃っている。もしかしたらメリザンドにコインを稼がせるためのイカサマなのかも)
だとしても、父を助けてやる義理はない。むしろこれで野望を娘に押しつける愚かさをわかってもらえればいいとすら思った。だが、不正をしてメリザンドがサクランボを得たとしたら面白くない。それにサビーナはテーブルに着いているもう一人が気にかかった。他でもないルシアンである。
リゼットの袋の中のコインは21枚に増えただけだった。これではとてもサクランボは手に入らない。
シモンは大勝して168枚もコインを集めていた。一体どこで誰から巻き上げたのだろうか。
「巻き上げるとは人聞きの悪い。運が良かったところへ、駆け引きが成功しただけだ。これで私がサクランボを手に入れられる。俺はもう賭けないぞ。お前も無駄なことはやめるんだな」
「ええ、でもお兄様からサクランボをもらうのは、なんだかずるしてるみたいで……。やっぱり、最後にもう一度賭けてみるわ」
ルシアンにサクランボを贈るなら、なるべく自分の力で手にいれたい。サクランボがなかったとしても、自分の手にいれた景品を贈るべきだ。
「それなら一番単純なサイコロにしろ。お前には駆け引きなんか無理だろうからな」
シモンに言われて、クラップゲームのテーブルへ連れていかれた。
そこには、ローズとリアーヌがいた。二人ともブランシュたちの妨害にあってイカサマが出来なくなったうえに、ツキが落ちてかなりすっていた。
「お二人もやけっぱちなのね」
「あなたと一緒にしないでくださる?」
「いいですわ、あなたたちのコインは全て奪ってさし上げますから」
二人に憎まれ口をたたかれて、リゼットは少々気後れしたが、最後の勝負への決死の覚悟は負けていない。
クラップゲームは二つのサイコロを振り、合計が7か11であれば振った者の勝利、2か3か12であれば振った者の負け。それ以外は引き分けとして、二投目にうつる。
誰がサイコロを振るか。三人は互いに睨み合っていたが、ディーラーに、今の時点で一番コインの多い人間と指定された。ローズは12枚、リアーヌは9枚だったので、リゼットに二つのサイコロが手渡された。
(運命の女神様! どうか味方について!)
リゼットは両手にサイコロを閉じ込めて神に祈った。
「まぁ、怖気づきましたの?」
「さっさとしてくださいな」
「この勝負には、コイン以上のものがかかっているのよ!」
二人に急かされるほど、じっくり祈ってからリゼットは思いっきりサイコロを振った。
出た数字は5と4で合計9。勝負がつかない数字だ。二投目になる。
二投目は3と1で4。三投目は6と2で8。こんな調子でまったく勝負がつかなかった。流石に運のない者たちが集っているだけはある。周りに集まった者たちも、サイコロの数字を見ては、勝負がつかないことに落胆の声をあげた。
「もう、いつまで長引かせるつもりですの」
「わたしだって、早く決着をつけたいわよ」
二人に急かされて、リゼットは
(お願いします! 運命の女神様!)
再度祈って、深呼吸してから思いっきりサイコロを投げた。ローズとリアーヌ、シモンや見物していた人たちの視線が、転がっていくサイコロに集まる。
「3と4、わたしの勝ちよー!」
合計7が出て、リゼットは飛び上がって大喜びした。ローズは握りこぶしを握りしめて悔しがり、リアーヌはへなへなと座り込んだ。
二人のコインは全てリゼットの懐に入った。ただし、12枚と9枚だからさほど多くない。当然サクランボなど手に入らない。
(まぁいいか。42枚あったら、そこそこましな景品が貰えるわよね)
リゼットは景品の書いてある紙を見て、品定めした。すると、そこへキトリィが肩を落としてやってきた。
「王女様は最後の方で運に見放されてしまって、コインは23枚しか集まりませんでしたの。豆ジャムパイはコイン30枚ですから、足りませんのよ」
アンリエットもキトリィのお守りでなかなかコインを増やせず、18枚しかないとのことだった。
狙っていたお菓子を諦めざるを得ず、涙目になっているキトリィを見て、リゼットは大いにほだされてしまった。
「……では、わたくしが豆ジャムパイを貰って、王女様の景品と交換しますわ」
「本当! ありがとう!」
キトリィは一転して花の咲いたような笑顔を見せた。
「まぁ、悪いですわ」
「良いんですのよ。リゼットのお人好しはいつものことじゃありませんか」
ブランシュに言われて、それ以上遠慮するのはリゼットを困らせるだけと、アンリエットもその好意を受け入れた。
一方、メリザンドと皇后は、ブラックジャックで最後の賭けに挑んでいた。
(ここでもあのリゼット嬢が勝つようなこと、まかりなりませんからね。メリザンドには何としてもサクランボを入手してもらわなくては)
皇后はさりげなくディーラーを務めるソンルミエール公爵に目配せした。
(お任せください皇后陛下。準備半万端でございます)
カードをきるその手を止めずに公爵は微かに笑った。その手中のカードのいくつかには端の所に汚れが付いていた。黒いものと赤いものがある。真横から見ないとわからない汚れだが、端の席に座っているメリザンドにははっきりと見えた。
(これが皇后陛下が用意なさった印ね。10と数えるカードには黒の汚れ、5より下の数字には、赤の汚れが付いている)
あれだけイカサマはご法度だと戒めていたのに、皇后自らがイカサマをしているのだ。そんなこと露ほども知らない人間が、同じテーブルについてる。エテスポワール伯爵、サビーナの父親だ。
(ツキが回ってきている。ここで勝てたなら、サビーナにサクランボを渡すことができる)
サビーナが家出してしまって、親子の仲は修復されていなかった。だからサクランボを手にいれ皇太子と仲を深める機会を与えれば、娘のためを思う気持ちもきっと通じるはずだ。
そして、イカサマを知らずに餌食になろうとする者がもう一人現れた。ルシアンである。
(卵サンドを入手するにはあと10枚コインが足りない。最後の賭けになってしまうが、仕方がない)
ルシアンがテーブルに着くと、ソンルミエール公爵はちらりと皇后を見た。皇后は皇太子は無視して計画通りメリザンドを勝たせるのだと、目顔で伝えた。
サビーナはその勝負の様子を眺めていた。
(お父様、サクランボを手にいれようとしているのかしら)
まだ娘を皇太子妃にという野望を捨てられないようだ。その果てに起こした行動で娘に愛想をつかされたのに、懲りていない。
(ひょっとして、また何か不正をしているんじゃないの)
サビーナは気になってもう少しテーブルに近付き、カードや参加者の手元をじっくりと見た。すると、メリザンドの側から見えるカードの端に、僅かに汚れが付いているのが見えた。
(でも、お父様からは見えない。もしかして、他の誰かが不正をしているの? 考えてみれば、ソンルミエール公爵に皇后陛下、メリザンドが揃っている。もしかしたらメリザンドにコインを稼がせるためのイカサマなのかも)
だとしても、父を助けてやる義理はない。むしろこれで野望を娘に押しつける愚かさをわかってもらえればいいとすら思った。だが、不正をしてメリザンドがサクランボを得たとしたら面白くない。それにサビーナはテーブルに着いているもう一人が気にかかった。他でもないルシアンである。