第十二章 ざわめく社交界 第八話
文字数 2,931文字
ローズはずかずかとリゼットが移動させたトルソーの前へ行くと、力任せにを引き倒した。その後ろには、身を寄せ合って隠れていたルシアンとソフィがいた。
「やっぱり! 何か隠していると思ったらこの通りだわ。言い訳はよしなさいな。わたくし最初から全部聞いていましたのよ。その扉の向う側でね。
皇太子殿下が男色家なんて嘘。そしてお側に置いていた従者が実は女で、しかも反逆罪で族滅に遭ったフルーレトワール家の令嬢ですって。
サビーナはわたくしたちを騙したのね。探している従者はここにいるんですもの。リゼット、わたくしたちを欺いてまで一体何がしたいの? まさか殿下とこの娘を結び付けて恩を売り、後に社交界を牛耳ろうという魂胆でもおあり? でもそうなればあなただけ一人勝ちですものね。そう考えれば腑に落ちますわ」
まくしたてるローズを誰も止めることができない。リゼットは動揺して、なぜここにいるのか問うだけで精一杯だった。
「ちょっと支度に時間がかかってしまって、家を出るのが遅れたのよ。そしたらブランシュの馬車が王宮へ向かうではないの。おかしいと思って後をつけてみたの。もちろん、サビーナに釘を刺されていたから、ばれないようにね」
「じゃあ、殿下を王宮から連れ出すところから、ずっとつけられていたっていうの?」
「馬鹿な。馬車の音なんて聞こえなかったぞ」
「あら、馬車なんかでつけたら気が付かれるでしょう。歩いてきましたのよ」
ローズは得意げに言った。さほど飛ばしていないとはいえ、徒歩で馬車を追いかけるとは、大した執念だ。
「殿下が女を好きだというなら、二重三重に世間を騙していたことになりますわ。しかも思い人はもう従者として囲っていたなんて。この事を知ったら、令嬢たちもその家族も、コケにされた怒りは今の比ではありませんわよ」
「コケにしたわけではなんだ。ローズ嬢、これには……いや、全てはわたしのせいだな。わたしが思い違いをしていて、それで結果として多くの人を翻弄してしまった」
「ほらみなさい、そうやって令嬢たちを嘲笑っていたんですわ。とにかく、この事はすぐにでも皇帝皇后両陛下、そして社交界の人々の耳に入れなくては」
そこで、セブランが後ろからローズを捕まえた。
「何をなさるの!」
「決まっているさ。全ての真実はまだ明かすべきではないんだ。それを知ってしまった君を自由にしておけるはずがないだろう。リゼット嬢、一先ずローズを閉じ込めておける場所はないか」
「それでしたら、二回の物置へ」
リゼットが呆けて役に立たないので、カミーユがセブランを案内し、ローズは二階の物置に押し込められた。
「どうしよう。こうなる危険はあったのに、わたしが無理に二人を合わせようなんて考えたからだわ」
せっかく仲間の協力を得てソフィの名誉回復を実現しようと進めてきたのに、尾行に気が付かずに全てを知られてしまった。リゼットは自分を責めた。
「リゼット様のせいではありません。もとはといえば、わたしが殿下に会いたいとわがままを言ったから」
「それなら私も同じだ。辛抱していればよかったのに、リゼット嬢に無理を言ってしまったから」
ルシアンもソフィも慰めた。今となっては後悔しても遅い。リゼットは何と気を取り直した。
「とにかく、ローズに全て知られてしまったから、お兄様が成果を上げるまでは、黙っていてもらわないといけないわ」
だからといって、真正面から頼んで聞き入れるローズではなかった。
「真実を伝えることのなにが悪いと言うの? やったことを暴露するなんて、わたくしを脅してきたけれど、あなたたちが隠していたことに比べたら、そんなもの大したことがないわ。それにここまで多くの人を欺いているあなたたちの言うことなど、誰も信用しなくなるでしょうしね。やれるものならやってごらんなさい」
この通りであった。
「そうなると、しばらくどこかに閉じ込めておくしかなくなるんだけど。とりあえず、ブランシュの屋敷のどこかにいてもらいましょうか。ローズの家には、天体観測会に向かう途中で気分が悪くなって、ブランシュの家に泊ることになったと、そう誤魔化しておきましょう」
ということで、ローズは暫くここに閉じ込め、ルシアンを送り届けた後に、ポーラック邸に連れてゆくことにした。
当然、会合もお開きになった。天体観測会もそろそろ終わりの時刻だ。早めに戻らなければならない。
ルシアンは充分にソフィと別れを惜しんでから、リゼットに改めて礼を言った。
「本当に君には感謝しかない。わたしは君を深く傷つけたというのに、今もこうして協力してくれるとは。ソフィも君にとっては憎むべき相手となってもおかしくないのに、彼女のために奔走してくれている。その寛容さと優しさは、まるで底がないようだ」
リゼットは笑って首を振り、その賞賛を受け流した。
「そんな大層なものじゃございませんわ。ただ、わたしはハッピーエンドが好きなんです。みんなが幸せになって笑って終わる物語。だから私の周りの人も、悲しい顔をしていてほしくないんですわ。本当に、ただそれだけなんです」
最後のダンスの番狂わせから数日間、あれこれ悩んだが、結局は単純なことだった。誰だって、自分のせいで人が不幸になってほしくないはずだ。そういう人として当たり前のことを突き詰めれば、自分が皇太子妃になれなくてもいいと、あきらめがつく。
リゼットはセブランとルシアンと一緒に王宮へ戻り、洗濯籠の中にルシアンを入れて、脱出したときと同じ要領で部屋へ戻した。そして再度カミーユの家へ戻り、ローズを連れてポーラック邸へ帰った。
一方、天体観測会は思いの外長引いていた。それは星が殊更綺麗で、解説役の天文博士の熱弁が止まらなかったからではなく、皇帝から皇太子妃は選挙で決めると発表があったからだ。
「皇太子選びの最終候補となった五人のなかから、この人こそはと思う人間に一票を投じてもらい、その数が一番多い令嬢を皇太子妃とする。投票権は最終候補の五人以外、都にいる貴族の成人全員にある。開票は三週間後の建国記念日、まさに建国500年を迎えるその日の祝賀会にて行われる。明日から王宮に投票箱を設置するので、皆その前日までに一票を投じてくれ」
誰もが星など見ていられなくなった。
「最終候補はどなたも素質のある方でしたからな。誰に投票するか悩ましいですね」
「我が家はみな、ソンルミエール家のメリザンド様に投票するのです。だって日ごろお世話になっておりますから」
「うちは一族でメールヴァン家のリアーヌ様だ。我が家の借金を肩代わりしてくれたのだからな」
「無記名投票だから、誰が誰に投票したかはわからないのですぞ」
「いやあ、そんなのは自分で投票したと申し出ればそれでもう充分ではないか」
「それだと、本当は投票していないのに、投票したから便宜を計れと、恩を売りつける輩が出てくるやもしれませんぞ」
「それより、これでもしリヴェール王女様が落選したら、我が国の社交界がリヴェール王室を侮辱したことにならないかしら?」
公正な手段といっても、社交界の人々にかかれば、家の面子と権勢、そして媚びへつらいの入り乱れた政治的手段になってしまう。
「やっぱり! 何か隠していると思ったらこの通りだわ。言い訳はよしなさいな。わたくし最初から全部聞いていましたのよ。その扉の向う側でね。
皇太子殿下が男色家なんて嘘。そしてお側に置いていた従者が実は女で、しかも反逆罪で族滅に遭ったフルーレトワール家の令嬢ですって。
サビーナはわたくしたちを騙したのね。探している従者はここにいるんですもの。リゼット、わたくしたちを欺いてまで一体何がしたいの? まさか殿下とこの娘を結び付けて恩を売り、後に社交界を牛耳ろうという魂胆でもおあり? でもそうなればあなただけ一人勝ちですものね。そう考えれば腑に落ちますわ」
まくしたてるローズを誰も止めることができない。リゼットは動揺して、なぜここにいるのか問うだけで精一杯だった。
「ちょっと支度に時間がかかってしまって、家を出るのが遅れたのよ。そしたらブランシュの馬車が王宮へ向かうではないの。おかしいと思って後をつけてみたの。もちろん、サビーナに釘を刺されていたから、ばれないようにね」
「じゃあ、殿下を王宮から連れ出すところから、ずっとつけられていたっていうの?」
「馬鹿な。馬車の音なんて聞こえなかったぞ」
「あら、馬車なんかでつけたら気が付かれるでしょう。歩いてきましたのよ」
ローズは得意げに言った。さほど飛ばしていないとはいえ、徒歩で馬車を追いかけるとは、大した執念だ。
「殿下が女を好きだというなら、二重三重に世間を騙していたことになりますわ。しかも思い人はもう従者として囲っていたなんて。この事を知ったら、令嬢たちもその家族も、コケにされた怒りは今の比ではありませんわよ」
「コケにしたわけではなんだ。ローズ嬢、これには……いや、全てはわたしのせいだな。わたしが思い違いをしていて、それで結果として多くの人を翻弄してしまった」
「ほらみなさい、そうやって令嬢たちを嘲笑っていたんですわ。とにかく、この事はすぐにでも皇帝皇后両陛下、そして社交界の人々の耳に入れなくては」
そこで、セブランが後ろからローズを捕まえた。
「何をなさるの!」
「決まっているさ。全ての真実はまだ明かすべきではないんだ。それを知ってしまった君を自由にしておけるはずがないだろう。リゼット嬢、一先ずローズを閉じ込めておける場所はないか」
「それでしたら、二回の物置へ」
リゼットが呆けて役に立たないので、カミーユがセブランを案内し、ローズは二階の物置に押し込められた。
「どうしよう。こうなる危険はあったのに、わたしが無理に二人を合わせようなんて考えたからだわ」
せっかく仲間の協力を得てソフィの名誉回復を実現しようと進めてきたのに、尾行に気が付かずに全てを知られてしまった。リゼットは自分を責めた。
「リゼット様のせいではありません。もとはといえば、わたしが殿下に会いたいとわがままを言ったから」
「それなら私も同じだ。辛抱していればよかったのに、リゼット嬢に無理を言ってしまったから」
ルシアンもソフィも慰めた。今となっては後悔しても遅い。リゼットは何と気を取り直した。
「とにかく、ローズに全て知られてしまったから、お兄様が成果を上げるまでは、黙っていてもらわないといけないわ」
だからといって、真正面から頼んで聞き入れるローズではなかった。
「真実を伝えることのなにが悪いと言うの? やったことを暴露するなんて、わたくしを脅してきたけれど、あなたたちが隠していたことに比べたら、そんなもの大したことがないわ。それにここまで多くの人を欺いているあなたたちの言うことなど、誰も信用しなくなるでしょうしね。やれるものならやってごらんなさい」
この通りであった。
「そうなると、しばらくどこかに閉じ込めておくしかなくなるんだけど。とりあえず、ブランシュの屋敷のどこかにいてもらいましょうか。ローズの家には、天体観測会に向かう途中で気分が悪くなって、ブランシュの家に泊ることになったと、そう誤魔化しておきましょう」
ということで、ローズは暫くここに閉じ込め、ルシアンを送り届けた後に、ポーラック邸に連れてゆくことにした。
当然、会合もお開きになった。天体観測会もそろそろ終わりの時刻だ。早めに戻らなければならない。
ルシアンは充分にソフィと別れを惜しんでから、リゼットに改めて礼を言った。
「本当に君には感謝しかない。わたしは君を深く傷つけたというのに、今もこうして協力してくれるとは。ソフィも君にとっては憎むべき相手となってもおかしくないのに、彼女のために奔走してくれている。その寛容さと優しさは、まるで底がないようだ」
リゼットは笑って首を振り、その賞賛を受け流した。
「そんな大層なものじゃございませんわ。ただ、わたしはハッピーエンドが好きなんです。みんなが幸せになって笑って終わる物語。だから私の周りの人も、悲しい顔をしていてほしくないんですわ。本当に、ただそれだけなんです」
最後のダンスの番狂わせから数日間、あれこれ悩んだが、結局は単純なことだった。誰だって、自分のせいで人が不幸になってほしくないはずだ。そういう人として当たり前のことを突き詰めれば、自分が皇太子妃になれなくてもいいと、あきらめがつく。
リゼットはセブランとルシアンと一緒に王宮へ戻り、洗濯籠の中にルシアンを入れて、脱出したときと同じ要領で部屋へ戻した。そして再度カミーユの家へ戻り、ローズを連れてポーラック邸へ帰った。
一方、天体観測会は思いの外長引いていた。それは星が殊更綺麗で、解説役の天文博士の熱弁が止まらなかったからではなく、皇帝から皇太子妃は選挙で決めると発表があったからだ。
「皇太子選びの最終候補となった五人のなかから、この人こそはと思う人間に一票を投じてもらい、その数が一番多い令嬢を皇太子妃とする。投票権は最終候補の五人以外、都にいる貴族の成人全員にある。開票は三週間後の建国記念日、まさに建国500年を迎えるその日の祝賀会にて行われる。明日から王宮に投票箱を設置するので、皆その前日までに一票を投じてくれ」
誰もが星など見ていられなくなった。
「最終候補はどなたも素質のある方でしたからな。誰に投票するか悩ましいですね」
「我が家はみな、ソンルミエール家のメリザンド様に投票するのです。だって日ごろお世話になっておりますから」
「うちは一族でメールヴァン家のリアーヌ様だ。我が家の借金を肩代わりしてくれたのだからな」
「無記名投票だから、誰が誰に投票したかはわからないのですぞ」
「いやあ、そんなのは自分で投票したと申し出ればそれでもう充分ではないか」
「それだと、本当は投票していないのに、投票したから便宜を計れと、恩を売りつける輩が出てくるやもしれませんぞ」
「それより、これでもしリヴェール王女様が落選したら、我が国の社交界がリヴェール王室を侮辱したことにならないかしら?」
公正な手段といっても、社交界の人々にかかれば、家の面子と権勢、そして媚びへつらいの入り乱れた政治的手段になってしまう。