第四章 思わぬライバル 第六話
文字数 3,003文字
「殿下、お待ちください」
審査が終わって足早に自室へ引き上げるルシアンを追いかけながら、ユーグは呼びかけた。
「私が選んだ令嬢に納得していないのだろう」
「わかっておいでなら、なぜ……。ローズ嬢が野心家できつい性格なのは、セブラン様から聞いているでしょうに」
ルシアンは自ら扉を開けて部屋に入ると、軍服の襟元を寛げて、椅子に座り込んだ。
「先ほど言った通りだ。皇后ともなれば、外交の場で際どい駆け引きを求められることもあるし、社交界でやっかまれることもある。そういう時にローズ嬢の気性は役に立つかもしれない。
メリザンドは相変わらず自信たっぷりだったな。子供の頃から、何をやらせても優秀で、隙が無くて。そういうところが、私はどうも苦手だった。正直リアーヌ嬢も苦手だ。まだ選ばれたわけでもないのに、あの熱心線は胸やけがする。セブランの手前言えないのだが」
「セブラン様はご友人でしょう。嫌ならお断りになれば」
「友人だが、政治向きな話は別だ。わたしが皇太子としての務めに私情を挟まないのと同じように、むこうもメールヴァン家を第一に考えなければいけない。
最初に言った通り、わたしは皇后に相応しい令嬢を選ぶつもりだ。貴族たちと皇族の繋がりも考慮するべきだ」
「でもそれでは、殿下が……」
かわいそうだとも、辛いだろうとも、いくらでもいうべき言葉があったが、ユーグはそのどれも口にできなかった。ルシアンは心を殺して、皇太子としての義務のみで妃選びに臨んでいるのだから。
ユーグは黙って気遣わしく見つめてくる。ルシアンは思わず笑い声を立てた。
「なんて顔してるんだ。でも心配してくれたのだな。ありがとう。
いっそお前にしようかな。気心も知れているし、私のことを気遣ってくれる。ちょっと口うるさいが、顔もまぁ、可愛いし」
「そんな冗談を言っている場合ではありません」
真剣に心配しているのにと、ユーグはぷりぷり怒った。それがまたおかしくて、ルシアンは声を立てて笑った。
「そう心配するな。最後には一人を選ぶのだから、令嬢たちの悪い面もしっかりと加味している。そのためにお前たちにも候補者を見てくれと頼んでいるのだし。誰を選んでも後悔はしない」
ユーグはその顔をまだ心配そうに見つめていたが、決意は変わらないようだった。
「そういえば、リゼット嬢も選んでおいででしたね」
リゼットを始め見たルシアンの感想は、セブランが言うほどの娘かな、というものだった。姿かたちは十分美しかったし、所作も洗練されていたが、それ以外に特筆すべきことがあるようには思えなかった。
(だが、素直な感じがしてよかったな。それに戯曲を選んだ理由がいい。みんな幸せになるからと)
思い出すと、ふと口角が上がった。そこで初めて、セブランが注目した理由が分かった気がした。
そのリゼットは、カミーユの仕立屋で、お針子に娘役仕込みのアクセサリーアレンジを指導していた。
昼食会の後、ブランシュはチョーカーの代金を渡してきた。ノエルもシモンもカミーユも、ちょっと驚くくらいの金額だった。シモンは早速カミーユにリゼットのドレスを作らせた。カミーユがドレスのデザインはリゼット自らがやるべきだというので、その日の午後はずっとデザインを考えていた。
翌日、早速カミーユにデザインを見せようとすると、ブランシュが数人の令嬢を連れて店へやってきた。
「他の皆さまも、是非こちらでアクセサリーを作ってほしいというので、連れてきちゃいましたわ」
七人ほどの令嬢が手にアクセサリーをもって狭い店内に無理やり入ってきた。リゼットは遂に真実を打ち明けるべきかと思ったが、其れより先にカミーユが出てきて、客向けの笑顔ではきはきと、まるでこの店の通常の業務であるかのように全て請け負ってしまった。
「だって儲けものじゃないですか。向うが持ってくるアクセサリーと店のハギレや何かを組み合わせて、あんなに報酬が貰えるなんて。店主として、これを見逃す手はないですね。リゼット様たちはここを無料宿泊所にしているんだから、ちょっとくらい売り上げに協力してくれてもいいと思いますけど。利益が大きければ、またドレスをお作りしますよ」
これを聞いて、シモンはすぐに了承し、リゼットにアクセサリーを作らせることにした。次の皇太子妃候補の集まりは十日後で、少し間隔があく。その間に作業をすればできなくはなかったが、このままだとそのうちお針子にされそうだ。そこで、店のお針子たちに作り方を教えて、リゼットがいなくても受けおけるようにすればいいと提案したのだった。
「モチーフが真ん中に集まりすぎると重い感じになるから、バランスを見て散らすの」
ブランシュに作ってやったチョーカーと似たものをお針子に教えながら、リゼットは前世で椿えり香とアクセサリーを作っていた時の事を思い出した。
「えっちゃーん、全然できないよー」
まだ寮にいた頃、二人とも初めてのお団子キャップを作っている時である。椿 えり香 こと渡邊絵里は不器用だったので、何度もやり直して、針金がぐちゃぐちゃになっていた。夢園 さゆりこと大原悦子は、一足先に作って得たコツを伝授し、時には手伝いながら、自分の分も完成させた。
「わたしの、へなちょこすぎる。全然きれいじゃないな」
夢園さゆりのお団子キャップも今から思えばひどい出来だったが、それでも針金がいびつで、糸が飛び出ていたりする椿えり香のものよりはましだった。
「そんなことないよ。こういうのは個性が出るんだよ。これはこれで、えりちゃんの個性」
落ち込む親友を必死に慰めた。そのうち椿えり香は浮上してきて、肩をくっつけて、えっちゃんありがとう、と甘えながら礼を言っていた。
次の皇太子妃選びは十日後だった。そしてリゼットのもとにまた招待状が届いていた。
(わたしが脱落しなくて、誰が脱落してるんだろう)
それを言い出すと、あまり目立っていないパメラも残っているし、性格の悪さを隠そうともしないローズも、さほどやる気のないサビーナも、賑やかしのブランシュまで残っている。国一番の淑女を選ぶなどと謳っているが、実際のところはどうだか、まるで分らない。
わからないのに頑張り続けるしかない。きっとアクセサリーを持ちこんだ令嬢たちは次の集まりにこれをつけて、少しでも皇太子の気を引こうと思っているのだろう。リゼットもドレスを新調して目か仕込むつもりだ。健気なことである。
次の日、ブランシュから手紙が来た。
二日後に王宮の様々な宝物の展覧会があるらしい。これも建国500年行事の一つ。それを連れ立って見に行こうというのである。
アクセサリー作りはだいたいお針子たちに任せているし、もしかしたら展覧会に出された宝物が、次の集まりで話題になるかもしれない。リゼットは見に行くことにした。
展覧会は王室の離宮で行われる。シモンと一緒に出かけたリゼットは、ブランシュたちと合流した。ブランシュは祖父のポーラック卿と一緒だった。
身分を問わず誰もが見学することができるので、離宮の入り口は黒山の人だかりになっていた。貴族やブルジョワの馬車もそこへ続く道にごった返している。
リゼットたちが列に並んでいると、一台の美々しい馬車が離宮の入口へつけた。
「あの紋章は、リヴェール王家のものだわ」
ブランシュが指示していうと、中から人影が飛び出してきた。
審査が終わって足早に自室へ引き上げるルシアンを追いかけながら、ユーグは呼びかけた。
「私が選んだ令嬢に納得していないのだろう」
「わかっておいでなら、なぜ……。ローズ嬢が野心家できつい性格なのは、セブラン様から聞いているでしょうに」
ルシアンは自ら扉を開けて部屋に入ると、軍服の襟元を寛げて、椅子に座り込んだ。
「先ほど言った通りだ。皇后ともなれば、外交の場で際どい駆け引きを求められることもあるし、社交界でやっかまれることもある。そういう時にローズ嬢の気性は役に立つかもしれない。
メリザンドは相変わらず自信たっぷりだったな。子供の頃から、何をやらせても優秀で、隙が無くて。そういうところが、私はどうも苦手だった。正直リアーヌ嬢も苦手だ。まだ選ばれたわけでもないのに、あの熱心線は胸やけがする。セブランの手前言えないのだが」
「セブラン様はご友人でしょう。嫌ならお断りになれば」
「友人だが、政治向きな話は別だ。わたしが皇太子としての務めに私情を挟まないのと同じように、むこうもメールヴァン家を第一に考えなければいけない。
最初に言った通り、わたしは皇后に相応しい令嬢を選ぶつもりだ。貴族たちと皇族の繋がりも考慮するべきだ」
「でもそれでは、殿下が……」
かわいそうだとも、辛いだろうとも、いくらでもいうべき言葉があったが、ユーグはそのどれも口にできなかった。ルシアンは心を殺して、皇太子としての義務のみで妃選びに臨んでいるのだから。
ユーグは黙って気遣わしく見つめてくる。ルシアンは思わず笑い声を立てた。
「なんて顔してるんだ。でも心配してくれたのだな。ありがとう。
いっそお前にしようかな。気心も知れているし、私のことを気遣ってくれる。ちょっと口うるさいが、顔もまぁ、可愛いし」
「そんな冗談を言っている場合ではありません」
真剣に心配しているのにと、ユーグはぷりぷり怒った。それがまたおかしくて、ルシアンは声を立てて笑った。
「そう心配するな。最後には一人を選ぶのだから、令嬢たちの悪い面もしっかりと加味している。そのためにお前たちにも候補者を見てくれと頼んでいるのだし。誰を選んでも後悔はしない」
ユーグはその顔をまだ心配そうに見つめていたが、決意は変わらないようだった。
「そういえば、リゼット嬢も選んでおいででしたね」
リゼットを始め見たルシアンの感想は、セブランが言うほどの娘かな、というものだった。姿かたちは十分美しかったし、所作も洗練されていたが、それ以外に特筆すべきことがあるようには思えなかった。
(だが、素直な感じがしてよかったな。それに戯曲を選んだ理由がいい。みんな幸せになるからと)
思い出すと、ふと口角が上がった。そこで初めて、セブランが注目した理由が分かった気がした。
そのリゼットは、カミーユの仕立屋で、お針子に娘役仕込みのアクセサリーアレンジを指導していた。
昼食会の後、ブランシュはチョーカーの代金を渡してきた。ノエルもシモンもカミーユも、ちょっと驚くくらいの金額だった。シモンは早速カミーユにリゼットのドレスを作らせた。カミーユがドレスのデザインはリゼット自らがやるべきだというので、その日の午後はずっとデザインを考えていた。
翌日、早速カミーユにデザインを見せようとすると、ブランシュが数人の令嬢を連れて店へやってきた。
「他の皆さまも、是非こちらでアクセサリーを作ってほしいというので、連れてきちゃいましたわ」
七人ほどの令嬢が手にアクセサリーをもって狭い店内に無理やり入ってきた。リゼットは遂に真実を打ち明けるべきかと思ったが、其れより先にカミーユが出てきて、客向けの笑顔ではきはきと、まるでこの店の通常の業務であるかのように全て請け負ってしまった。
「だって儲けものじゃないですか。向うが持ってくるアクセサリーと店のハギレや何かを組み合わせて、あんなに報酬が貰えるなんて。店主として、これを見逃す手はないですね。リゼット様たちはここを無料宿泊所にしているんだから、ちょっとくらい売り上げに協力してくれてもいいと思いますけど。利益が大きければ、またドレスをお作りしますよ」
これを聞いて、シモンはすぐに了承し、リゼットにアクセサリーを作らせることにした。次の皇太子妃候補の集まりは十日後で、少し間隔があく。その間に作業をすればできなくはなかったが、このままだとそのうちお針子にされそうだ。そこで、店のお針子たちに作り方を教えて、リゼットがいなくても受けおけるようにすればいいと提案したのだった。
「モチーフが真ん中に集まりすぎると重い感じになるから、バランスを見て散らすの」
ブランシュに作ってやったチョーカーと似たものをお針子に教えながら、リゼットは前世で椿えり香とアクセサリーを作っていた時の事を思い出した。
「えっちゃーん、全然できないよー」
まだ寮にいた頃、二人とも初めてのお団子キャップを作っている時である。
「わたしの、へなちょこすぎる。全然きれいじゃないな」
夢園さゆりのお団子キャップも今から思えばひどい出来だったが、それでも針金がいびつで、糸が飛び出ていたりする椿えり香のものよりはましだった。
「そんなことないよ。こういうのは個性が出るんだよ。これはこれで、えりちゃんの個性」
落ち込む親友を必死に慰めた。そのうち椿えり香は浮上してきて、肩をくっつけて、えっちゃんありがとう、と甘えながら礼を言っていた。
次の皇太子妃選びは十日後だった。そしてリゼットのもとにまた招待状が届いていた。
(わたしが脱落しなくて、誰が脱落してるんだろう)
それを言い出すと、あまり目立っていないパメラも残っているし、性格の悪さを隠そうともしないローズも、さほどやる気のないサビーナも、賑やかしのブランシュまで残っている。国一番の淑女を選ぶなどと謳っているが、実際のところはどうだか、まるで分らない。
わからないのに頑張り続けるしかない。きっとアクセサリーを持ちこんだ令嬢たちは次の集まりにこれをつけて、少しでも皇太子の気を引こうと思っているのだろう。リゼットもドレスを新調して目か仕込むつもりだ。健気なことである。
次の日、ブランシュから手紙が来た。
二日後に王宮の様々な宝物の展覧会があるらしい。これも建国500年行事の一つ。それを連れ立って見に行こうというのである。
アクセサリー作りはだいたいお針子たちに任せているし、もしかしたら展覧会に出された宝物が、次の集まりで話題になるかもしれない。リゼットは見に行くことにした。
展覧会は王室の離宮で行われる。シモンと一緒に出かけたリゼットは、ブランシュたちと合流した。ブランシュは祖父のポーラック卿と一緒だった。
身分を問わず誰もが見学することができるので、離宮の入り口は黒山の人だかりになっていた。貴族やブルジョワの馬車もそこへ続く道にごった返している。
リゼットたちが列に並んでいると、一台の美々しい馬車が離宮の入口へつけた。
「あの紋章は、リヴェール王家のものだわ」
ブランシュが指示していうと、中から人影が飛び出してきた。