第十三章 愛の成就へ 第七話
文字数 2,994文字
首都エスカリエのリゼットはシモンとノエルが心配でたまらず、現地へ向かおうかとすら思った。
「リゼットは選挙で勝ってメリザンドが皇太子妃になるのを阻止しなければならないわ。お兄様のことを信じて、今は選挙に集中するのよ。わたしが様子を見に行ってくるわ」
とサビーナが申し出てくれたので、リゼットは彼女に任せて。自らは選挙活動に専念した。
選挙活動といっても、前世の政治家のように演説と握手、名前を連呼しながら町中を車で走り回る、なんてことはしないし出来ない。結局皇太子妃になるにふさわしいと思わせなければならないのだから、申し分ない高貴な淑女らしいところを多くの人に見せるのだ。
ということで、リゼットは着飾ってブランシュの家で開かれた夜会に出席した。選挙の候補者であるリゼットには自然と注目が集まる。リゼットはいつにもまして立ち居振る舞いに気を付けて、それでいてにこやかに、良い印象を与えるように人々と交流した。
「そういえばリゼット様は、川辺のカジノの時に殿下から卵サンドを送られておりましたわね」
「ええ。好物ですの。でも食べすぎないように、ときどき一切れだけ食べるんですわ」
「ほっそりしていらっしゃいますけれど、食事には気を付けておいでなのですか」
「ええ、基本的に食事は朝食だけですわ。パンと野菜スープだけです。果物があったら、食べることもありますけれど。晩餐会や昼食会のある日は、朝食も食べませんわ」
「まぁ、それではお腹がすきませんの?」
「大したことはございませんわ。元々小食ですの」
周りに集まった人々は、ほう、と感心していた。
ダンスの相手を頼まれれば、誰でも拒まずに踊った。もちろん、適切に膝折して誰と踊っても絵になるように見せるもの忘れなかった。
お茶会という名の前世のファンミーティングで、ファンからの質問に答え、ツーショット写真を撮るなどしていたことが思い出されるようだった。違うのはそれが目まぐるしくやってくるところだ。
「リゼット、そろそろ時間ですわよ」
ローズに急かされて、リゼットは人々に慇懃に別れを告げて、急いで馬車に乗り込み、次の会場へ向かう。そこでもファンサービス、もとい人々に愛想を振りまく。
「今日は秋らしく、紅葉のような落ち着いた色のドレスを選びましたの。髪型も頭の下の方でまとめて、おくれ毛を垂らして、大人っぽくしましたわ」
今日のファッションのポイントをニコニコ笑って紹介する。いつも可愛く装っている娘役の得意技である。
主に昼間には、劇場で投票を呼び掛けた。といっても、名前を叫ぶのではない。芸術の国の芸術の粋が集う劇場であれば、訴える方法ももちろん芸術である。
楽屋でパメラに手伝ってもらって、急いでカミーユが作ってくれたロマンティックチュチュに着替えると、幕間の舞台に出て行って、バレエを披露した。今度こそラインダンスではなく正統派な、しかしこの世界では画期的な前世のジゼルのバリエーションである。次の幕の準備をしている幕の前とはいえ、舞台で一人で踊ることなどついぞなかったから最初は緊張したが、そのうち思いっきり踊れるのが楽しくなり、ジゼルのバリエーション以外にも色々と踊りを披露したし、歌を歌うこともあった。パメラには敵わないまでも、歌劇団仕込みの歌声は観客に好意的に受け入れられた。
芸術好きな貴族たちは、リゼットの才能に一目置き、また舞台芸術への造詣の深さを買って、彼女に投票しようかと考える者も出てきた。
一方、メールヴァン家で開かれた夜会では、メールヴァン公爵、セブランを中心に、貴族の男性たちが輪になって話していた。
「殿下があんなことになる前まで、リゼット嬢が皇太子妃候補の中で抜きんでいていたのは皆さんもご存じのはず。我が家の縁者も世話になったこともありますし、我々はリゼット嬢を支持したいと思います」
集まったのは社交界でメールヴァン家の派閥に属する家の者ばかり。セブランが先に意向を伝えると、大体は簡単になびいた。
「リゼット嬢の実家レーブジャルダン家は残念ながら名家とは言えません。しかし、都で後ろ盾を持たないからこそ、これを助けたならば、後に我々に返ってくる恩恵も大きい。しかも今の段階でリヴェール王女様の支持を得ています。結果がどうあれ、選挙でリゼット嬢を支持しなかったら、リヴェール王家に対して友好的でないと認識さましょう。そうなれば、以後あらゆる外交の重要局面から弾かれ、貴族社会で影響力を失うことになりかねません」
メールヴァン公爵はもう一歩政治的な側面から付け足した。これで派閥の貴族たちは完全にリゼット支持へと意向を固めた。
夜会の中心ではリアーヌがリゼットにべったりくっついて、人々と会話に花を咲かせていた。
「リゼット様は古いアクセサリーを改造して、全く新しく、斬新で美しいものへ仕上げてしまうんですもの。その美的な感覚の鋭さは神様からの贈り物ですわ。とてもわたくしたちに真似できることではございませんのよ。それに新しいものを誂えるよりも倹約になります。宝石にお金をつぎ込んで浪費するようなご令嬢もいらっしゃいますことを思えば、とてもご立派なことですわ。何より物を大切にする、そういう柔らかく暖かいお心が素晴らしいのです。本当にリゼット様こそ新しい時代の素晴らしい淑女ですわ。わたくしたちも手本にしなくては」
お慕い芸の才能を発揮して、心にもない褒め言葉をポンポン放つリアーヌ。お慕い芸は基本的に下級生娘役から上級生男役に向かってされるものだが、時折先輩の娘役に対して発動されることもある。もちろん前世でリゼットを褒めてくれるのは手伝いをしてくれていた晴日 つばめ一人だけであったし、ここまで褒め殺しということはなかった。本心ではないとわかっているが、悪い気はしなくてリゼットは扇子で口元を隠して照れ笑いした。
リゼットをほめちぎっているのは彼女だけではない。キトリィもリゼットへの支持を公言し、社交の場で彼女こそが皇太子妃に相応しいと大に呼ばわった。
「これまでの審査の中で、あの人の寛大で思いやりに溢れた人となりと、あらゆる方面へ才覚は皆様もお分かりのはず。わたくしはすっかり感服いたしました。あのような方こそ、トレゾールの未来を背負って立つに相応しいのです。投票権のある方は、是非リゼット様を支持していただきたいですわ。とくに、共に競い合ったわたくしたちは、本来あったであろう審査の結果を尊重して投票いたしましょう」
皇太子妃候補だった令嬢たちにそう呼びかけると、彼女たちは頷いてそれに応える。彼女たちの中には、家族を動かしてくれる者もあるはずだ。
そこへメリザンドが目の覚めるような青いドレスに身を包み登場した。リゼットを支持する意思を確かめ合い熱くなっていた令嬢たちの輪は、氷の塊が落ちてきたかのように一気に冷えた。
「リヴェール王女様が我が国の妃選びに口をお出しになるなんて。お若くて外交に慣れていらっしゃらないからご無理もないことかもしれませんが、お立場をよくお考えくださいませ。王女様が投票を呼び掛けることは、王家のご威光で我が国の人々を脅していることになるのですよ。帝皇后両陛下は公正な手段をと選挙を実施したのに、これでは本当に公正か、疑わしいですわね」
メリザンドはキトリィをはっきりと批判した。
「リゼットは選挙で勝ってメリザンドが皇太子妃になるのを阻止しなければならないわ。お兄様のことを信じて、今は選挙に集中するのよ。わたしが様子を見に行ってくるわ」
とサビーナが申し出てくれたので、リゼットは彼女に任せて。自らは選挙活動に専念した。
選挙活動といっても、前世の政治家のように演説と握手、名前を連呼しながら町中を車で走り回る、なんてことはしないし出来ない。結局皇太子妃になるにふさわしいと思わせなければならないのだから、申し分ない高貴な淑女らしいところを多くの人に見せるのだ。
ということで、リゼットは着飾ってブランシュの家で開かれた夜会に出席した。選挙の候補者であるリゼットには自然と注目が集まる。リゼットはいつにもまして立ち居振る舞いに気を付けて、それでいてにこやかに、良い印象を与えるように人々と交流した。
「そういえばリゼット様は、川辺のカジノの時に殿下から卵サンドを送られておりましたわね」
「ええ。好物ですの。でも食べすぎないように、ときどき一切れだけ食べるんですわ」
「ほっそりしていらっしゃいますけれど、食事には気を付けておいでなのですか」
「ええ、基本的に食事は朝食だけですわ。パンと野菜スープだけです。果物があったら、食べることもありますけれど。晩餐会や昼食会のある日は、朝食も食べませんわ」
「まぁ、それではお腹がすきませんの?」
「大したことはございませんわ。元々小食ですの」
周りに集まった人々は、ほう、と感心していた。
ダンスの相手を頼まれれば、誰でも拒まずに踊った。もちろん、適切に膝折して誰と踊っても絵になるように見せるもの忘れなかった。
お茶会という名の前世のファンミーティングで、ファンからの質問に答え、ツーショット写真を撮るなどしていたことが思い出されるようだった。違うのはそれが目まぐるしくやってくるところだ。
「リゼット、そろそろ時間ですわよ」
ローズに急かされて、リゼットは人々に慇懃に別れを告げて、急いで馬車に乗り込み、次の会場へ向かう。そこでもファンサービス、もとい人々に愛想を振りまく。
「今日は秋らしく、紅葉のような落ち着いた色のドレスを選びましたの。髪型も頭の下の方でまとめて、おくれ毛を垂らして、大人っぽくしましたわ」
今日のファッションのポイントをニコニコ笑って紹介する。いつも可愛く装っている娘役の得意技である。
主に昼間には、劇場で投票を呼び掛けた。といっても、名前を叫ぶのではない。芸術の国の芸術の粋が集う劇場であれば、訴える方法ももちろん芸術である。
楽屋でパメラに手伝ってもらって、急いでカミーユが作ってくれたロマンティックチュチュに着替えると、幕間の舞台に出て行って、バレエを披露した。今度こそラインダンスではなく正統派な、しかしこの世界では画期的な前世のジゼルのバリエーションである。次の幕の準備をしている幕の前とはいえ、舞台で一人で踊ることなどついぞなかったから最初は緊張したが、そのうち思いっきり踊れるのが楽しくなり、ジゼルのバリエーション以外にも色々と踊りを披露したし、歌を歌うこともあった。パメラには敵わないまでも、歌劇団仕込みの歌声は観客に好意的に受け入れられた。
芸術好きな貴族たちは、リゼットの才能に一目置き、また舞台芸術への造詣の深さを買って、彼女に投票しようかと考える者も出てきた。
一方、メールヴァン家で開かれた夜会では、メールヴァン公爵、セブランを中心に、貴族の男性たちが輪になって話していた。
「殿下があんなことになる前まで、リゼット嬢が皇太子妃候補の中で抜きんでいていたのは皆さんもご存じのはず。我が家の縁者も世話になったこともありますし、我々はリゼット嬢を支持したいと思います」
集まったのは社交界でメールヴァン家の派閥に属する家の者ばかり。セブランが先に意向を伝えると、大体は簡単になびいた。
「リゼット嬢の実家レーブジャルダン家は残念ながら名家とは言えません。しかし、都で後ろ盾を持たないからこそ、これを助けたならば、後に我々に返ってくる恩恵も大きい。しかも今の段階でリヴェール王女様の支持を得ています。結果がどうあれ、選挙でリゼット嬢を支持しなかったら、リヴェール王家に対して友好的でないと認識さましょう。そうなれば、以後あらゆる外交の重要局面から弾かれ、貴族社会で影響力を失うことになりかねません」
メールヴァン公爵はもう一歩政治的な側面から付け足した。これで派閥の貴族たちは完全にリゼット支持へと意向を固めた。
夜会の中心ではリアーヌがリゼットにべったりくっついて、人々と会話に花を咲かせていた。
「リゼット様は古いアクセサリーを改造して、全く新しく、斬新で美しいものへ仕上げてしまうんですもの。その美的な感覚の鋭さは神様からの贈り物ですわ。とてもわたくしたちに真似できることではございませんのよ。それに新しいものを誂えるよりも倹約になります。宝石にお金をつぎ込んで浪費するようなご令嬢もいらっしゃいますことを思えば、とてもご立派なことですわ。何より物を大切にする、そういう柔らかく暖かいお心が素晴らしいのです。本当にリゼット様こそ新しい時代の素晴らしい淑女ですわ。わたくしたちも手本にしなくては」
お慕い芸の才能を発揮して、心にもない褒め言葉をポンポン放つリアーヌ。お慕い芸は基本的に下級生娘役から上級生男役に向かってされるものだが、時折先輩の娘役に対して発動されることもある。もちろん前世でリゼットを褒めてくれるのは手伝いをしてくれていた
リゼットをほめちぎっているのは彼女だけではない。キトリィもリゼットへの支持を公言し、社交の場で彼女こそが皇太子妃に相応しいと大に呼ばわった。
「これまでの審査の中で、あの人の寛大で思いやりに溢れた人となりと、あらゆる方面へ才覚は皆様もお分かりのはず。わたくしはすっかり感服いたしました。あのような方こそ、トレゾールの未来を背負って立つに相応しいのです。投票権のある方は、是非リゼット様を支持していただきたいですわ。とくに、共に競い合ったわたくしたちは、本来あったであろう審査の結果を尊重して投票いたしましょう」
皇太子妃候補だった令嬢たちにそう呼びかけると、彼女たちは頷いてそれに応える。彼女たちの中には、家族を動かしてくれる者もあるはずだ。
そこへメリザンドが目の覚めるような青いドレスに身を包み登場した。リゼットを支持する意思を確かめ合い熱くなっていた令嬢たちの輪は、氷の塊が落ちてきたかのように一気に冷えた。
「リヴェール王女様が我が国の妃選びに口をお出しになるなんて。お若くて外交に慣れていらっしゃらないからご無理もないことかもしれませんが、お立場をよくお考えくださいませ。王女様が投票を呼び掛けることは、王家のご威光で我が国の人々を脅していることになるのですよ。帝皇后両陛下は公正な手段をと選挙を実施したのに、これでは本当に公正か、疑わしいですわね」
メリザンドはキトリィをはっきりと批判した。