第十三章 愛の成就へ 第九話
文字数 2,920文字
シモンたちも刺客団を騙した後にリゼットの手紙を見て、選挙が行われていることと、開票日が11月7日であることを知った。ただ、そこは己の策略が成功し、のりにのっているシモンが上手く調整していた。
「11月8日はソンルミエール家の指定した日時ということになっている。だからそれよりも早い11月7日に都へ集まり、皇太子殿下にまみえようと、既に頭目に話をつけてある。ノエルが決めた日時が開票日に近かったから良かった。我々の幸運はまだ尽きていないな」
サビーナが到着した時にはもう手を打っていて、シモンは悠々と宿屋でくつろいでいた。
「では、おびき寄せた刺客を捕まえて、それで全ての罪を明らかにするのね。でも刺客というからには強いんでしょう。どうやって捕まえるのかしら」
「それは皇太子殿下にお願いするのさ。兵士相手では敵うまい」
サビーナはシモンから細かい作戦をしっかりと聞き、首都へとんぼ返りした。シモンはここに残って、数日後刺客たちと一緒に都へ出発する。
サビーナから話を聞いた仲間たちは、やっと真実を明かし、ソフィと皇太子の思いが成就するのだと大喜びした。リゼットは出席予定だった昼食会を一つ飛ばしてカミーユの家へ向かい、ソフィに報告した。
「これでなにも偽ることなく暮らせるのですね。そんな日が来るなんて。リゼット様と皆様のお陰です」
「お礼なんて、そういうのは全て終わってからでいいのよ。わたしも最後まで頑張らなくちゃ。選挙活動を派手にやって、刺客たちの動きがソンルミエール家にばれないようにしなくちゃね」
リゼットは票集めに躍起になっているふりをして、精力的にあちこちに顔を見せた。メリザンド側も対抗するように社交界で盛んに運動していた。陽動は成功だ。
ルシアンはパメラたちからシモンの作戦を聞くと、今こそ自らと愛する人のために行動する時だと、ベッドから起き上がって身なりを整え部屋を出た。じつは医者たちもおかしいと勘づき始めていて、あとどれくらい騙せるかわからなかったのだ。ここで仮病を終われるのは有り難いことだった。
部屋の近くに控えていた医者たちは、原因不明の病だった皇太子がさっそうと歩く姿にあっけに取られていた。
ルシアンは丁度昼食を取っていた両親のもとへ現れた。二人は驚いてナイフとフォークを取り落した。
「父上、母上、ご心配をおかけしました。わたしはもうすっかり回復しました」
「そ、そうなのか? 昨日まで寝込んでいたのに?」
「はい。じつは数日前から症状が軽くなっておりましたが、何分得体のしれない奇病でしたので、大事をとって休み続けていたのです。様子を見て何の異常もないようですので、起き上がった次第です」
本当の病気であればケロッと治るわけがない。ただ二人は一人息子である皇太子の身をずっと案じていたので、とにかく治ったのならめでたいと、すぐに椅子を持ってこさせ昼食に同席させた。
「わたしが寝込んでいる間に、投票にて皇太子妃を決めることになったそうですね。大変結構です。開票日にはわたしも立ち合いとうございます」
「でも、おまえ、ユーグの事は……」
「はぁ、お恥ずかしながら、病が癒えるにしたがって、あの舞踏会の夜になぜあんなことをして、なぜあの者を愛していると言ったのか、まったくわからなくなりました。思うにあの時からすでに何かの病に侵されており、精神に異常をきたしていたのでしょう」
「では、男が好きだというのは」
「そんな気持ちはもうきれいさっぱり消えました」
皇帝夫妻は大喜びして、早速皇太子の病が治ったという知らせを出し、また開票には皇太子も立ち会うと布告を出した。社交界の人々は、振り回されてうんざりだったが、とりあえずは国の安泰を喜んだ。
シモンはいよいよ刺客たちを引き連れて首都へ出発した。元々裏稼業の人間だし、なによりソンルミエール家に気取られないために、移動はもっぱら夜だった。
「それにしても。11月7日の白昼堂々、都への大通りを歩くとは、少し大胆ではないか」
道中でふと不安がよぎり、頭目はシモンに訊ねた。
「何を言う。皇太子殿下は宮殿にいるのだから、宮殿へ行かなくてどうする。それにその日は妃選び選挙の開票日だ。当然都中の貴族が宮殿に集まっているから、大通りは却って人目に付きにくいんだ。ソンルミエール公爵にも見つからないだろうしな」
シモンは自信満々に答えた。頭目の不安は虫の報せだったのだが、シモンにすっかり騙されて無駄になってしまった。
運命の日、朝早くから宮殿への道は貴族たちの馬車でごった返していた。着飾った人々が全員王宮の中へ吸い込まれると、王宮の周りは人気がなくなり、ひっそりとした。
そこへ十数人の男たちが群れになってやってきた。先頭を歩くのはシモン。後ろは全てソンルミエール家の刺客だ。
「よし、ここで止まれ」
宮殿の門の前、最後の十字路でシモンは刺客たちを止めた。中途半端なところでどうして止まるのかと頭目が怪訝に思ったところで、シモンは素早く懐から小さな笛を取り出し、甲高い音を鳴らした。
途端に、十字路に隠れていた近衛兵たちが抜剣して刺客たちを囲む。やっと騙されたと知った刺客たちは隠し持っていた武器を手に戦ったが、多勢に無勢、瞬く間に近衛兵に打ち負かされ、全員縄を打たれた。
「シモン殿、ご苦労様です。この者らは我らが連行いたします」
「わかった。開票はどうなっている」
「昨日の夜に集計が終わり、間もなく発表となります」
近衛隊士の言葉を聞き、シモンは黒っぽいマントを脱ぎ棄てノエルに押し付けると、あらかじめ来ていた小奇麗な宮廷服姿になった。ノエルもマントとショールを取って、紺色の清潔感のあるドレス姿になる。そして隊士と一緒に刺客たちを連れて王宮へ向かった。
リゼットは開票が行われる広間へは行かず、王女に手配してもらった迎賓館の一室でソフィの身支度を手伝ってやっていた。着替えさせ、ヘアセットして、化粧をし、最後に刷毛で余計な粉を払てやって完成だ。ソフィは、目を開けて鏡の中の自分をまじまじと見つめた。
「まるで貴族のお嬢様みたい」
「あら、貴族のお嬢様なんだから、これくらい当たり前よ」
リゼットは頭に飾ったリボンのを少し直してやりながら言った。
ソフィが身にまとっているのはカミーユが作ったドレス。依頼した時はリゼットのウエディングドレスを作るつもりだったのにとぼやいていたが、そこは職人、一切手を抜かず完璧な出来栄えだった。どこからどう見ても美しい貴族の令嬢だ。
リゼットはというと、散策の時に身に着けていた若草色のドレスに身を包んでいた。今日の主役はソフィなのだから、新しいドレスを着る必要はない。
「ここまでしていただいて、リゼット様には本当に頭が上がりません。こんな日が来るなんて、信じられません」
化粧をしてもなおソフィの顔は青白かった。今日己の運命が大きく変わるのだから無理もないだろう。
「大丈夫よ。きっとうまくいくわ。」
リゼットはその肩に手を置いて、優しくなでて励ました。やがて使用人が二人を呼びに来た。リゼットはソフィの手を取って迎賓館を出て、開票が行われている広間へ向かった。
「11月8日はソンルミエール家の指定した日時ということになっている。だからそれよりも早い11月7日に都へ集まり、皇太子殿下にまみえようと、既に頭目に話をつけてある。ノエルが決めた日時が開票日に近かったから良かった。我々の幸運はまだ尽きていないな」
サビーナが到着した時にはもう手を打っていて、シモンは悠々と宿屋でくつろいでいた。
「では、おびき寄せた刺客を捕まえて、それで全ての罪を明らかにするのね。でも刺客というからには強いんでしょう。どうやって捕まえるのかしら」
「それは皇太子殿下にお願いするのさ。兵士相手では敵うまい」
サビーナはシモンから細かい作戦をしっかりと聞き、首都へとんぼ返りした。シモンはここに残って、数日後刺客たちと一緒に都へ出発する。
サビーナから話を聞いた仲間たちは、やっと真実を明かし、ソフィと皇太子の思いが成就するのだと大喜びした。リゼットは出席予定だった昼食会を一つ飛ばしてカミーユの家へ向かい、ソフィに報告した。
「これでなにも偽ることなく暮らせるのですね。そんな日が来るなんて。リゼット様と皆様のお陰です」
「お礼なんて、そういうのは全て終わってからでいいのよ。わたしも最後まで頑張らなくちゃ。選挙活動を派手にやって、刺客たちの動きがソンルミエール家にばれないようにしなくちゃね」
リゼットは票集めに躍起になっているふりをして、精力的にあちこちに顔を見せた。メリザンド側も対抗するように社交界で盛んに運動していた。陽動は成功だ。
ルシアンはパメラたちからシモンの作戦を聞くと、今こそ自らと愛する人のために行動する時だと、ベッドから起き上がって身なりを整え部屋を出た。じつは医者たちもおかしいと勘づき始めていて、あとどれくらい騙せるかわからなかったのだ。ここで仮病を終われるのは有り難いことだった。
部屋の近くに控えていた医者たちは、原因不明の病だった皇太子がさっそうと歩く姿にあっけに取られていた。
ルシアンは丁度昼食を取っていた両親のもとへ現れた。二人は驚いてナイフとフォークを取り落した。
「父上、母上、ご心配をおかけしました。わたしはもうすっかり回復しました」
「そ、そうなのか? 昨日まで寝込んでいたのに?」
「はい。じつは数日前から症状が軽くなっておりましたが、何分得体のしれない奇病でしたので、大事をとって休み続けていたのです。様子を見て何の異常もないようですので、起き上がった次第です」
本当の病気であればケロッと治るわけがない。ただ二人は一人息子である皇太子の身をずっと案じていたので、とにかく治ったのならめでたいと、すぐに椅子を持ってこさせ昼食に同席させた。
「わたしが寝込んでいる間に、投票にて皇太子妃を決めることになったそうですね。大変結構です。開票日にはわたしも立ち合いとうございます」
「でも、おまえ、ユーグの事は……」
「はぁ、お恥ずかしながら、病が癒えるにしたがって、あの舞踏会の夜になぜあんなことをして、なぜあの者を愛していると言ったのか、まったくわからなくなりました。思うにあの時からすでに何かの病に侵されており、精神に異常をきたしていたのでしょう」
「では、男が好きだというのは」
「そんな気持ちはもうきれいさっぱり消えました」
皇帝夫妻は大喜びして、早速皇太子の病が治ったという知らせを出し、また開票には皇太子も立ち会うと布告を出した。社交界の人々は、振り回されてうんざりだったが、とりあえずは国の安泰を喜んだ。
シモンはいよいよ刺客たちを引き連れて首都へ出発した。元々裏稼業の人間だし、なによりソンルミエール家に気取られないために、移動はもっぱら夜だった。
「それにしても。11月7日の白昼堂々、都への大通りを歩くとは、少し大胆ではないか」
道中でふと不安がよぎり、頭目はシモンに訊ねた。
「何を言う。皇太子殿下は宮殿にいるのだから、宮殿へ行かなくてどうする。それにその日は妃選び選挙の開票日だ。当然都中の貴族が宮殿に集まっているから、大通りは却って人目に付きにくいんだ。ソンルミエール公爵にも見つからないだろうしな」
シモンは自信満々に答えた。頭目の不安は虫の報せだったのだが、シモンにすっかり騙されて無駄になってしまった。
運命の日、朝早くから宮殿への道は貴族たちの馬車でごった返していた。着飾った人々が全員王宮の中へ吸い込まれると、王宮の周りは人気がなくなり、ひっそりとした。
そこへ十数人の男たちが群れになってやってきた。先頭を歩くのはシモン。後ろは全てソンルミエール家の刺客だ。
「よし、ここで止まれ」
宮殿の門の前、最後の十字路でシモンは刺客たちを止めた。中途半端なところでどうして止まるのかと頭目が怪訝に思ったところで、シモンは素早く懐から小さな笛を取り出し、甲高い音を鳴らした。
途端に、十字路に隠れていた近衛兵たちが抜剣して刺客たちを囲む。やっと騙されたと知った刺客たちは隠し持っていた武器を手に戦ったが、多勢に無勢、瞬く間に近衛兵に打ち負かされ、全員縄を打たれた。
「シモン殿、ご苦労様です。この者らは我らが連行いたします」
「わかった。開票はどうなっている」
「昨日の夜に集計が終わり、間もなく発表となります」
近衛隊士の言葉を聞き、シモンは黒っぽいマントを脱ぎ棄てノエルに押し付けると、あらかじめ来ていた小奇麗な宮廷服姿になった。ノエルもマントとショールを取って、紺色の清潔感のあるドレス姿になる。そして隊士と一緒に刺客たちを連れて王宮へ向かった。
リゼットは開票が行われる広間へは行かず、王女に手配してもらった迎賓館の一室でソフィの身支度を手伝ってやっていた。着替えさせ、ヘアセットして、化粧をし、最後に刷毛で余計な粉を払てやって完成だ。ソフィは、目を開けて鏡の中の自分をまじまじと見つめた。
「まるで貴族のお嬢様みたい」
「あら、貴族のお嬢様なんだから、これくらい当たり前よ」
リゼットは頭に飾ったリボンのを少し直してやりながら言った。
ソフィが身にまとっているのはカミーユが作ったドレス。依頼した時はリゼットのウエディングドレスを作るつもりだったのにとぼやいていたが、そこは職人、一切手を抜かず完璧な出来栄えだった。どこからどう見ても美しい貴族の令嬢だ。
リゼットはというと、散策の時に身に着けていた若草色のドレスに身を包んでいた。今日の主役はソフィなのだから、新しいドレスを着る必要はない。
「ここまでしていただいて、リゼット様には本当に頭が上がりません。こんな日が来るなんて、信じられません」
化粧をしてもなおソフィの顔は青白かった。今日己の運命が大きく変わるのだから無理もないだろう。
「大丈夫よ。きっとうまくいくわ。」
リゼットはその肩に手を置いて、優しくなでて励ました。やがて使用人が二人を呼びに来た。リゼットはソフィの手を取って迎賓館を出て、開票が行われている広間へ向かった。