第十四章 ジプソフィルの幸せ 第二話
文字数 2,995文字
13年前の事件の驚くべき真相に、貴族たちはソンルミエール公爵の非道を詰ったり、フルーレトワール家の人々を憐れんだりした。
その中で皇帝が重々しく口を開いた。
「13年前の事件にこのような裏があったとは。わたしは当時、悪人の用意した偽の証拠をまんまと信じ、フルーレトワール一族にいわれなき罪を着せてしまった。我が身の不明が恥ずかしい。ソフィ嬢、まことに申し訳なかった。ご両親はもう戻らぬが、せめて生きているそなたの幸せのため、そなたの名誉を回復し、侯爵令嬢として都で暮らせるように取り計らおう。そして事件の再調査には全力を注ぐ。これで罪滅ぼしとさせてほしい」
ソフィはこれで死んだ家族も浮かばれると涙を流して皇帝に礼を言った。13年前の真実が周知されたところで、リゼットは皇太子妃について話し始めた。
「もうお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、ソフィ様は男のふりをして、皇太子殿下のお側に仕えておりましたの。あの舞踏会の夜、皇太子殿下が最後のダンスに誘った従者こそ、彼女だったのですわ。
二人は長い時間を過ごす中で、恋をして愛を育んできたのです。めでたくソフィは公爵令嬢となりましたから、皇太子妃となるに何の問題もございません。相思相愛の二人が結ばれてこそ、この国の将来も安泰となります。この度の選挙は無駄になってしまいますが、皆様、どうかソフィを皇太子妃と認めてくださいませ」
これに友人たちが率先して拍手で賛同を示した。そこから広がって、最後は会場中から万雷の拍手が沸き起こった。皇帝も皇后もソフィを認めている。ルシアンの手を取って、ソフィがその隣に並ぶと、拍手が一層大きくなった。こうして、建国記念のめでたい日に、皇太子妃が決まったのだ。
全てが終わって、リゼットの周りには友人たちが集まった。
「素晴らしいわ。こんなドラマティックな結末、全て知っていたのに、興奮してしまいましたわ」
「ここでもリゼットの演出の才能が発揮されたわね。もしかしてソフィと皇太子殿下の物語が、何年かたって劇場にかかったりして」
「それなら、ソフィの役はパメラね」
「わたしが主役なんて。でもそうなれるように頑張りますわ」
それからリゼットはシモンとノエルに駆け寄って抱きしめた。
「二人とも無事でよかったわ」
「お前も大したものだな。刺客をおびき出せた時点で選挙なんてどうでもよかったのに、大真面目に票集めに奔走してメリザンドに勝つとは。まぁ僅差だったが。相変わらず無駄な努力が得意な妹だ」
「そうかしら。この結果を見たら、無駄じゃなかったって、報われた気がするわ」
キトリィとアンリエットがやってきて全ての成功を喜んだ。
「またお祝いの会をしましょうよ! もう、すぐに迎賓館へ来て!」
つまり芸術祭の時と同じように打ち上げなのだろう。リゼットたちに否やはない。
「そうだわ。ローズとリアーヌも、どうかしら?」
広間を後にする二人に一応声をかけてみるが、芸術祭の時と同じく、二人は首を横に振った。
「でも感謝していただきたいわ。あなたがメリザンド様に勝てるほど票を集められたのは、わたくしが行く先々であなたの良いところを実際よりも大げさに話して聞かせたからですもの。あれは結構大変ですのよ。でもまぁ、こんな面白いものが見られましたし、それで良しとします」
「そうですわね。あなたが考えたにしてはいい筋書きでしたわよ。皇太子妃になれなかったのだから、物書きでも目指した方がいいかもしれませんわね。まぁ、あなたがこの先どうしようと、わたくしの知ったことではありませんけれど」
最後まで憎まれ口をたたいて、二人は去った。もし一緒に全てが円満に終わったことを祝えれば良かったが、これはこれで彼女たちらしい。
すぐに迎賓館へ場所を移したリゼットたちは、そのまま夜になるまで楽しく語り合って過ごした。その最中に、アンリエットはそっとリゼットに言った。
「皇太子妃となったのはソフィ様ですが、この国一番の淑女は誰が何と言おうとリゼット様ですわ。立ち居振る舞いとか礼儀作法とか教養とか、そういうこと以上に、周りの人のために懸命に奔走し、円満な結末をもたらすことができたのですから。ほら、あなたの周りにいた人たちは、みんな笑顔になりましたわ」
それこそ国一の淑女と讃えられたアンリエットに褒められて、そして友人たちの笑顔を見て、リゼットの心の底から喜びが沸き上がった。報われた、という言葉が脳裏に受かんだ。
その日は夜遅くにポーラック邸へ戻り、着替えもろくにせずにベッドに倒れて眠った。もう妃選びは終わったので翌日以降は何の予定もない。リゼットは選挙活動の疲れを取り戻すように、ゆったりと過ごした。
キトリィはリヴェールに帰国することになった。もちろん帰国の前にはまた迎賓館でお別れ会を開いた。国を挙げての仰々しい見送りは不要とキトリィが希望したので、馬車を見送るのはリゼットたちトレゾールで出会った友人たちだけだった。
キトリィは涙を浮かべながら一人一人と抱き合って別れを惜しみ、馬車に乗り込んだ。
「リゼットさん、あなたに会えてよかったわ。この妃選びの間とっても楽しかったもの。お行儀も勉強できたし、本当に感謝しているわ」
「わたくしこそ、こんなかわいい王女様とお友達になれて嬉しかったです。どうかお達者で。でもお転婆はほどほどにして、アンリエット様を困らせないようにしてくださいませね」
キトリィは何度も振り返りながら馬車に乗った。
「みんな元気でね! 手紙を書くから絶対にお返事をちょうだいね」
馬車の窓から身を乗り出して手を振っている。リゼットも馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。
見送りが終わってから、屋敷へ戻ろうとすると、質素な馬車とすれ違った。小さな窓から見えたのはメリザンドの横顔だった。
あのあと、ソンルミエール公爵は調査のために法院へ連行された。この調査は余罪の有無や事件の詳細を詳らかにする目的であって、すでにソンルミエール一族が罰を受けるのは避けられないことだった。
だがソフィはメリザンドに罰を与えないよう皇帝夫妻に懇願した。幼いころに両親を奪われ大きく人生を狂わされた経験から、当時同じように子供だったメリザンドが、今同じ目に遭うのを良しとしなかったのだ。皇帝夫妻はその願いを聞き入れ、メリザンドに罪を問わなかった。
「ご恩情に感謝いたします。ですが罪人の娘でありながら平気な顔をして生きてゆくなど、恥知らずなことはできません。都を去り、領地にある修道院へ入り、贖罪の祈りに一生を捧げたいと思います」
メリザンドは自らそう申し出たそうだ。社交界の花を惜しむ声もあったが、もしこのまま都へ残ったとしても、罪人の子だと後ろ指を指され、好奇の目で見られるだろう。名門貴族の娘として、気高く聡明な決断であった。
出会った時から飛びぬけた美しさを見せつけられていたが、去り際まで潔く美しいのかと、リゼットは感心し、羨ましくもあった。そして修道院での彼女の人生が少しでも幸せであることを願った。
パメラは劇場の近くに小さな住まいを持ち、そこで母親と暮らすことになった。サビーナも、父親とはとっくに仲直りしているし、リゼットを手伝う必要はなくなったので、自分の屋敷へ帰って行った。ポーラック邸に残っているのはリゼットだけになった。
その中で皇帝が重々しく口を開いた。
「13年前の事件にこのような裏があったとは。わたしは当時、悪人の用意した偽の証拠をまんまと信じ、フルーレトワール一族にいわれなき罪を着せてしまった。我が身の不明が恥ずかしい。ソフィ嬢、まことに申し訳なかった。ご両親はもう戻らぬが、せめて生きているそなたの幸せのため、そなたの名誉を回復し、侯爵令嬢として都で暮らせるように取り計らおう。そして事件の再調査には全力を注ぐ。これで罪滅ぼしとさせてほしい」
ソフィはこれで死んだ家族も浮かばれると涙を流して皇帝に礼を言った。13年前の真実が周知されたところで、リゼットは皇太子妃について話し始めた。
「もうお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、ソフィ様は男のふりをして、皇太子殿下のお側に仕えておりましたの。あの舞踏会の夜、皇太子殿下が最後のダンスに誘った従者こそ、彼女だったのですわ。
二人は長い時間を過ごす中で、恋をして愛を育んできたのです。めでたくソフィは公爵令嬢となりましたから、皇太子妃となるに何の問題もございません。相思相愛の二人が結ばれてこそ、この国の将来も安泰となります。この度の選挙は無駄になってしまいますが、皆様、どうかソフィを皇太子妃と認めてくださいませ」
これに友人たちが率先して拍手で賛同を示した。そこから広がって、最後は会場中から万雷の拍手が沸き起こった。皇帝も皇后もソフィを認めている。ルシアンの手を取って、ソフィがその隣に並ぶと、拍手が一層大きくなった。こうして、建国記念のめでたい日に、皇太子妃が決まったのだ。
全てが終わって、リゼットの周りには友人たちが集まった。
「素晴らしいわ。こんなドラマティックな結末、全て知っていたのに、興奮してしまいましたわ」
「ここでもリゼットの演出の才能が発揮されたわね。もしかしてソフィと皇太子殿下の物語が、何年かたって劇場にかかったりして」
「それなら、ソフィの役はパメラね」
「わたしが主役なんて。でもそうなれるように頑張りますわ」
それからリゼットはシモンとノエルに駆け寄って抱きしめた。
「二人とも無事でよかったわ」
「お前も大したものだな。刺客をおびき出せた時点で選挙なんてどうでもよかったのに、大真面目に票集めに奔走してメリザンドに勝つとは。まぁ僅差だったが。相変わらず無駄な努力が得意な妹だ」
「そうかしら。この結果を見たら、無駄じゃなかったって、報われた気がするわ」
キトリィとアンリエットがやってきて全ての成功を喜んだ。
「またお祝いの会をしましょうよ! もう、すぐに迎賓館へ来て!」
つまり芸術祭の時と同じように打ち上げなのだろう。リゼットたちに否やはない。
「そうだわ。ローズとリアーヌも、どうかしら?」
広間を後にする二人に一応声をかけてみるが、芸術祭の時と同じく、二人は首を横に振った。
「でも感謝していただきたいわ。あなたがメリザンド様に勝てるほど票を集められたのは、わたくしが行く先々であなたの良いところを実際よりも大げさに話して聞かせたからですもの。あれは結構大変ですのよ。でもまぁ、こんな面白いものが見られましたし、それで良しとします」
「そうですわね。あなたが考えたにしてはいい筋書きでしたわよ。皇太子妃になれなかったのだから、物書きでも目指した方がいいかもしれませんわね。まぁ、あなたがこの先どうしようと、わたくしの知ったことではありませんけれど」
最後まで憎まれ口をたたいて、二人は去った。もし一緒に全てが円満に終わったことを祝えれば良かったが、これはこれで彼女たちらしい。
すぐに迎賓館へ場所を移したリゼットたちは、そのまま夜になるまで楽しく語り合って過ごした。その最中に、アンリエットはそっとリゼットに言った。
「皇太子妃となったのはソフィ様ですが、この国一番の淑女は誰が何と言おうとリゼット様ですわ。立ち居振る舞いとか礼儀作法とか教養とか、そういうこと以上に、周りの人のために懸命に奔走し、円満な結末をもたらすことができたのですから。ほら、あなたの周りにいた人たちは、みんな笑顔になりましたわ」
それこそ国一の淑女と讃えられたアンリエットに褒められて、そして友人たちの笑顔を見て、リゼットの心の底から喜びが沸き上がった。報われた、という言葉が脳裏に受かんだ。
その日は夜遅くにポーラック邸へ戻り、着替えもろくにせずにベッドに倒れて眠った。もう妃選びは終わったので翌日以降は何の予定もない。リゼットは選挙活動の疲れを取り戻すように、ゆったりと過ごした。
キトリィはリヴェールに帰国することになった。もちろん帰国の前にはまた迎賓館でお別れ会を開いた。国を挙げての仰々しい見送りは不要とキトリィが希望したので、馬車を見送るのはリゼットたちトレゾールで出会った友人たちだけだった。
キトリィは涙を浮かべながら一人一人と抱き合って別れを惜しみ、馬車に乗り込んだ。
「リゼットさん、あなたに会えてよかったわ。この妃選びの間とっても楽しかったもの。お行儀も勉強できたし、本当に感謝しているわ」
「わたくしこそ、こんなかわいい王女様とお友達になれて嬉しかったです。どうかお達者で。でもお転婆はほどほどにして、アンリエット様を困らせないようにしてくださいませね」
キトリィは何度も振り返りながら馬車に乗った。
「みんな元気でね! 手紙を書くから絶対にお返事をちょうだいね」
馬車の窓から身を乗り出して手を振っている。リゼットも馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。
見送りが終わってから、屋敷へ戻ろうとすると、質素な馬車とすれ違った。小さな窓から見えたのはメリザンドの横顔だった。
あのあと、ソンルミエール公爵は調査のために法院へ連行された。この調査は余罪の有無や事件の詳細を詳らかにする目的であって、すでにソンルミエール一族が罰を受けるのは避けられないことだった。
だがソフィはメリザンドに罰を与えないよう皇帝夫妻に懇願した。幼いころに両親を奪われ大きく人生を狂わされた経験から、当時同じように子供だったメリザンドが、今同じ目に遭うのを良しとしなかったのだ。皇帝夫妻はその願いを聞き入れ、メリザンドに罪を問わなかった。
「ご恩情に感謝いたします。ですが罪人の娘でありながら平気な顔をして生きてゆくなど、恥知らずなことはできません。都を去り、領地にある修道院へ入り、贖罪の祈りに一生を捧げたいと思います」
メリザンドは自らそう申し出たそうだ。社交界の花を惜しむ声もあったが、もしこのまま都へ残ったとしても、罪人の子だと後ろ指を指され、好奇の目で見られるだろう。名門貴族の娘として、気高く聡明な決断であった。
出会った時から飛びぬけた美しさを見せつけられていたが、去り際まで潔く美しいのかと、リゼットは感心し、羨ましくもあった。そして修道院での彼女の人生が少しでも幸せであることを願った。
パメラは劇場の近くに小さな住まいを持ち、そこで母親と暮らすことになった。サビーナも、父親とはとっくに仲直りしているし、リゼットを手伝う必要はなくなったので、自分の屋敷へ帰って行った。ポーラック邸に残っているのはリゼットだけになった。