第十三章 愛の成就へ 第四話
文字数 3,011文字
リゼットたちは、シモンからの、まだ文書を偽造した人間を探し当てられていないという知らせに対して、皇太子妃は投票によって決められることになったと返事を書いて送った。
それからどうやって票を集めるかを話し会うため、キトリィの所へ行った。彼女はもとよりリゼットの後ろ盾になるつもりだったので、やる気満々で作戦会議に参加した。
「王女様が妃選びで脱落したご令嬢たちに、リゼット様に投票するよう促しますわ。また彼女たちの口から、王女様はリゼット様に感服していて、皇太子妃に相応しいと言っていると家族や他の貴族たちに話してもらいます。これでリヴェール王家に遠慮して、リゼット様に投票する人を増やせますわ」
「でもそれだけでは心もとないわね。リアーヌが降りたということは、メールヴァン家に流れるはずだった票があるわよね。それを何とかこちらに流せないかしら。セブラン様にお願いするとか」
セブランもきっと皇太子の幸せを願っているに違いない。メールヴァン家とは交渉の余地がある。
「劇場で投票を呼び掛けてはいかがでしょうか。リゼット様のレビューショーは多くの方に支持されていますから、芸術を愛好する貴族の方々に訴えかけることはできますわ」
劇場の人々はリゼットと懇意だから、もちろん選挙活動を許容してくれるだろう。
「あとはもう、社交界で地道にアピールしていくしかないわね。我が家も今度夜会を開くから、そこで皆さんに挨拶して票を集めましょう」
都の社交界に顔が利かないリゼットは、結局ごく普通の選挙活動をするしかないようだ。
「そういえば、ローズをずっと閉じ込めたままだけど、どうしましょう」
天体観測会の後、体調は戻ったが、ブランシュの家の珍しいフルートや、古い楽譜に興味を持って、それを見るためにしばらく滞在する、という設定で誤魔化して一室に閉じ込めていた。芸術祭の時に泊まり込みだったこともあり、ローズの家はすんなり嘘を信じてくれたが、長期にわたるとさすがに誤魔化しきれなくなる。
「やはり嘘はつけないものね。これ以上誤魔化し続けるのは不可能だわ。全て打ち明けて、ローズにも協力してもらえないかしら。芸術祭の時のように」
これまでの彼女の行状を考えれば、協力してくれる望みは薄いように思える。ただずっと閉じ込めておくわけにもいかないので、ブランシュたちはリゼットのやるに任せた。
リゼットはローズを部屋から出し、サビーナと三人でメールヴァン家へ出かけた。
「閉じ込めたと思ったら今度は連れ出すなんて、まさか川に沈めるつもりではないでしょうね」
「そんな物騒なことしませんわよ。着いたら全てお話しますわ」
警戒心を解かないローズと、同じくローズを信用しきれないサビーナ。むしろ閉じ込めたりして悪かったと思っているリゼット。奇妙な取り合わせの三人で乗り合わせた馬車はあまり居心地がよくなかった。
リゼットはリアーヌも同席するように手紙に書いていた。セブランはリアーヌと二人で客間で待っていた。
選挙を降りたことについて、メールヴァン夫婦は当然リアーヌを咎めた。家の面子を考えると、参加だけはしてほしかった。相談してくれたならまだしも、あの場で独断で決めたのだから尚更だった。
「勝手にですって。叔父様も叔母様もわたくしを勝手にしているくせに。お兄様だって、辞退を撤回しろとおっしゃるのでしょう。わたくしは絶対に嫌ですからね」
窓辺に寄ってセブランのことすら頑なに拒絶するリアーヌ。セブランは敢て近づかずに語りかけた。
「わたしは別にお前に選挙に出ろとは言わないよ。両親からは何とか説得しろと言われたが、そうするつもりもない。君はもう随分我が家のために動いて、いや犠牲になってくれているからね。これ以上を望むのは酷だ。何より君の幸せにはならないだろう」
リアーヌは窓の外からセブランに視線を移した。
「お兄様はわたくしのために家門の面子を捨てるとおっしゃるの。そんなの、口先だけですわ。結局最後は家が大切なのよ」
「そんなことはない。わたしは確かに家を盛り立てる義務があるが、それに全てを捧げるつもりはない。自分がそうなのに、お前にそれを強要するつもりはないよ。家も友情も、どちらも全うすることはできないから、その二つの間で一番無難なところを選ぶしかない。お前のことも、これまでは家を優先してきたが、これ以上はお前のためにならないから、ここで立ち止まるよ。いまさらと思うかもしれないが、ここで止めたのはお前の幸せを願ってのことだと、わかってほしい」
リアーヌは不機嫌な顔を崩さなかったが、ちらちらとセブランの顔を見て、それからようやく窓辺を離れた。
「本当に今更ですわ。わたくしを思いやってくださるなら、もう最初から都へ連れてこなければよかったんですわ」
恨み言は尽きなかったが、多少は機嫌が直ったようだった。
「わたしたちのことなら、後で気が済むまで詰ってくれてかまわないよ。だから今日はリゼット嬢の話を聞いてくれるね」
「お兄様はもう全て知っていらっしゃるのね。リゼットが何をしているのか。他でもないわたくしには何も打ち明けず。でも、今日全てわかるというならもう言いませんわ」
やがてリゼットが客間へやってきた。ローズまで一緒にいるので、リアーヌは何事かと思ったが、それも含めて全て明かされるのだろうと、大人しく席に着いた。リゼットはエストカピタールの頃から始まった自身とソフィ、ルシアンの間の思い違いから、順を追って全てを説明した。
「つまりは、ぐるりと回って元の場所へ戻ってきたということですわ。皇太子殿下が男好きでないなら、わたくしたち全員、やはり可能性があったということになりますもの」
「あなたは脱落しているから、可能性はないでしょうよ」
「エストカピタールの頃から誤解が生じていたなら、その後の妃選びの全ては無効でしょう。わたくしはともかく、最後まで残ったリーアヌはまだ選ばれる余地がありますわ。リゼットも、メリザンド様もね」
サビーナの正論にかみつきながらローズはちらっとリアーヌを見た。彼女もルシアンが男色家だからこそ皇太子妃の座を諦めたのであって、そうでないとなると、未練がましい気持ちが湧いてくる。
「そんな重要なことを隠していたなんて、わたくしたちを騙していたんですのね。それについて、あなたは少しでも申し訳ないとお思いではないのかしら」
リアーヌに謝罪を求められ、リゼットは黙っていたことを謝罪した。
「でも、そうでもしなければソフィを守れなかった。彼女もまた家に、権力に、翻弄された一人なの。そういう点ではわたくしたちと同じよ。だから助けたいと思ったし、守りたいと思ったの。
殿下の思い違いもあって、色々と複雑になってしまったけれど、最後に出てきた事実は単純よ。殿下とソフィは相思相愛ということ。ならば、二人が結ばれるのを邪魔するべきではないわ。皇太子妃というのは、誰もが夢見るような素敵な立場でしょうけど、それは肩書に過ぎないのよ。生きていくならもっと大切な、愛とか、尊敬とか、信頼とか、そういうものが無ければいけないわ。そうでないなら、それはやっぱり誰にとっても幸せではないのよ。だからソフィのために力を貸してほしいっていうのも、二人の幸せを思ってのお願いなのよ」
ローズとリアーヌは切実に訴えるリゼットの言葉を聞き、ゆっくりと顔を見合わせた。
それからどうやって票を集めるかを話し会うため、キトリィの所へ行った。彼女はもとよりリゼットの後ろ盾になるつもりだったので、やる気満々で作戦会議に参加した。
「王女様が妃選びで脱落したご令嬢たちに、リゼット様に投票するよう促しますわ。また彼女たちの口から、王女様はリゼット様に感服していて、皇太子妃に相応しいと言っていると家族や他の貴族たちに話してもらいます。これでリヴェール王家に遠慮して、リゼット様に投票する人を増やせますわ」
「でもそれだけでは心もとないわね。リアーヌが降りたということは、メールヴァン家に流れるはずだった票があるわよね。それを何とかこちらに流せないかしら。セブラン様にお願いするとか」
セブランもきっと皇太子の幸せを願っているに違いない。メールヴァン家とは交渉の余地がある。
「劇場で投票を呼び掛けてはいかがでしょうか。リゼット様のレビューショーは多くの方に支持されていますから、芸術を愛好する貴族の方々に訴えかけることはできますわ」
劇場の人々はリゼットと懇意だから、もちろん選挙活動を許容してくれるだろう。
「あとはもう、社交界で地道にアピールしていくしかないわね。我が家も今度夜会を開くから、そこで皆さんに挨拶して票を集めましょう」
都の社交界に顔が利かないリゼットは、結局ごく普通の選挙活動をするしかないようだ。
「そういえば、ローズをずっと閉じ込めたままだけど、どうしましょう」
天体観測会の後、体調は戻ったが、ブランシュの家の珍しいフルートや、古い楽譜に興味を持って、それを見るためにしばらく滞在する、という設定で誤魔化して一室に閉じ込めていた。芸術祭の時に泊まり込みだったこともあり、ローズの家はすんなり嘘を信じてくれたが、長期にわたるとさすがに誤魔化しきれなくなる。
「やはり嘘はつけないものね。これ以上誤魔化し続けるのは不可能だわ。全て打ち明けて、ローズにも協力してもらえないかしら。芸術祭の時のように」
これまでの彼女の行状を考えれば、協力してくれる望みは薄いように思える。ただずっと閉じ込めておくわけにもいかないので、ブランシュたちはリゼットのやるに任せた。
リゼットはローズを部屋から出し、サビーナと三人でメールヴァン家へ出かけた。
「閉じ込めたと思ったら今度は連れ出すなんて、まさか川に沈めるつもりではないでしょうね」
「そんな物騒なことしませんわよ。着いたら全てお話しますわ」
警戒心を解かないローズと、同じくローズを信用しきれないサビーナ。むしろ閉じ込めたりして悪かったと思っているリゼット。奇妙な取り合わせの三人で乗り合わせた馬車はあまり居心地がよくなかった。
リゼットはリアーヌも同席するように手紙に書いていた。セブランはリアーヌと二人で客間で待っていた。
選挙を降りたことについて、メールヴァン夫婦は当然リアーヌを咎めた。家の面子を考えると、参加だけはしてほしかった。相談してくれたならまだしも、あの場で独断で決めたのだから尚更だった。
「勝手にですって。叔父様も叔母様もわたくしを勝手にしているくせに。お兄様だって、辞退を撤回しろとおっしゃるのでしょう。わたくしは絶対に嫌ですからね」
窓辺に寄ってセブランのことすら頑なに拒絶するリアーヌ。セブランは敢て近づかずに語りかけた。
「わたしは別にお前に選挙に出ろとは言わないよ。両親からは何とか説得しろと言われたが、そうするつもりもない。君はもう随分我が家のために動いて、いや犠牲になってくれているからね。これ以上を望むのは酷だ。何より君の幸せにはならないだろう」
リアーヌは窓の外からセブランに視線を移した。
「お兄様はわたくしのために家門の面子を捨てるとおっしゃるの。そんなの、口先だけですわ。結局最後は家が大切なのよ」
「そんなことはない。わたしは確かに家を盛り立てる義務があるが、それに全てを捧げるつもりはない。自分がそうなのに、お前にそれを強要するつもりはないよ。家も友情も、どちらも全うすることはできないから、その二つの間で一番無難なところを選ぶしかない。お前のことも、これまでは家を優先してきたが、これ以上はお前のためにならないから、ここで立ち止まるよ。いまさらと思うかもしれないが、ここで止めたのはお前の幸せを願ってのことだと、わかってほしい」
リアーヌは不機嫌な顔を崩さなかったが、ちらちらとセブランの顔を見て、それからようやく窓辺を離れた。
「本当に今更ですわ。わたくしを思いやってくださるなら、もう最初から都へ連れてこなければよかったんですわ」
恨み言は尽きなかったが、多少は機嫌が直ったようだった。
「わたしたちのことなら、後で気が済むまで詰ってくれてかまわないよ。だから今日はリゼット嬢の話を聞いてくれるね」
「お兄様はもう全て知っていらっしゃるのね。リゼットが何をしているのか。他でもないわたくしには何も打ち明けず。でも、今日全てわかるというならもう言いませんわ」
やがてリゼットが客間へやってきた。ローズまで一緒にいるので、リアーヌは何事かと思ったが、それも含めて全て明かされるのだろうと、大人しく席に着いた。リゼットはエストカピタールの頃から始まった自身とソフィ、ルシアンの間の思い違いから、順を追って全てを説明した。
「つまりは、ぐるりと回って元の場所へ戻ってきたということですわ。皇太子殿下が男好きでないなら、わたくしたち全員、やはり可能性があったということになりますもの」
「あなたは脱落しているから、可能性はないでしょうよ」
「エストカピタールの頃から誤解が生じていたなら、その後の妃選びの全ては無効でしょう。わたくしはともかく、最後まで残ったリーアヌはまだ選ばれる余地がありますわ。リゼットも、メリザンド様もね」
サビーナの正論にかみつきながらローズはちらっとリアーヌを見た。彼女もルシアンが男色家だからこそ皇太子妃の座を諦めたのであって、そうでないとなると、未練がましい気持ちが湧いてくる。
「そんな重要なことを隠していたなんて、わたくしたちを騙していたんですのね。それについて、あなたは少しでも申し訳ないとお思いではないのかしら」
リアーヌに謝罪を求められ、リゼットは黙っていたことを謝罪した。
「でも、そうでもしなければソフィを守れなかった。彼女もまた家に、権力に、翻弄された一人なの。そういう点ではわたくしたちと同じよ。だから助けたいと思ったし、守りたいと思ったの。
殿下の思い違いもあって、色々と複雑になってしまったけれど、最後に出てきた事実は単純よ。殿下とソフィは相思相愛ということ。ならば、二人が結ばれるのを邪魔するべきではないわ。皇太子妃というのは、誰もが夢見るような素敵な立場でしょうけど、それは肩書に過ぎないのよ。生きていくならもっと大切な、愛とか、尊敬とか、信頼とか、そういうものが無ければいけないわ。そうでないなら、それはやっぱり誰にとっても幸せではないのよ。だからソフィのために力を貸してほしいっていうのも、二人の幸せを思ってのお願いなのよ」
ローズとリアーヌは切実に訴えるリゼットの言葉を聞き、ゆっくりと顔を見合わせた。