第十三章 愛の成就へ 第三話
文字数 2,996文字
「とうとう見つけたぞ。絶対にあの男を逃してはいけない。いいか、路地の入口で文書を受け取ったらわたしが金を渡す。その時にあの男の腕をつかむから、お前たちは左右から掴みかかるんだ。ノエルは下にロープを準備しておけ、それで縛り上げる。あとは馬車に乗せて一気に都へ帰るんだ」
当日に至るまで、ポーッラク家からついてきた使用人も交えて、何度も入念に打ち合わせと予行練習をした。そしての日の12時、シモンは路地の入口に立った。使用人たちは周辺に隠れている。
路地の向こうからランタンの灯がちらちらと揺れながら近づいてくる。男がやって来たのだ。皆緊張をみなぎらせた。
男は手には巻いた紙を持っている。シモンに近づくと、男は紙を広げてランタンの灯りで照らして見せた。
「……よし。素晴らしい出来だ。これで我らの計画も成功するだろう。約束の物だ」
シモンは金の入った袋を取り出し男の手に乗せる。そしてその手が引っ込む前に腕をつかんでグイっとこちら側へ引き寄せた。
「いまだ、かかれ!」
隠れている使用人たちに声をかけた。彼らが物陰から飛び出す。ところがその背後からさらに別の人間が現れ、使用人たちを羽交い絞めにしてしまった。シモンが動揺すると、男は手をひねって難なくシモンの拘束を逃れ、これまたどこから現れたのか、数人の男たちの後ろへ身を隠してしまった。背後を振り返ると、ノエルがひときわ大きな男に捕まって、ナイフを突きつけられている。男たちは、棘の沢山ある円形、星のような模様が染め抜かれた腕章をつけている。彼らこそ、ソンルミエール家の刺客だ。
シモンは咄嗟に偽造文書を大男の顔に投げつけ、怯んだところを渾身の力で突き飛ばす。
「ノエル逃げろ!」
ノエルは一瞬躊躇したが、すぐに身を翻して逃げ出した。刺客たちは追いかけようとする。シモンは他の刺客に拘束され、身動きが取れない。ここでノエルまで捕まったらおしまいだ。シモンは刺客たちの注意を引き付けるべく、急に大きな笑い声をあげた。
場違いな笑い声にノエルを追っていた刺客たちは足を止め振り返る。他の者たちも、気でも狂ったのかと互いに顔を見合わせた。シモンはなおも笑い続けた。
「何がおかしい」
ノエルを捕まえていた大男が頭目らしい。鋭くシモンに問いかけ、手下にランタンを掲げさせた。
「こいつはレーブジャルダン家の令息だな。リゼットの出自を探った時に邪魔に入った。あの時は近衛隊に追いまくられて、ご主人様からは刻限に遅れたお叱りを受けて散々だった。あの時の落とし前をつけさせてもらうぜ」
頭目がナイフをちらつかせて凄んでも、シモンはまだ笑い続けた。むしろ笑いがひどくなっているようだ。刺客たちの神経がシモンに集中し、ノエルのことなど忘れてしまったところで、シモンはやっと笑いが止まったふりをして放し始めた。
「いいや、すまないな。あまりにお前たちが滑稽だったから、つい。旦那様に叱られた落とし前とは、その旦那様に見捨てられそうだというのに、何とも健気な言い草だ」
頭目はその言葉につられた。無言で続きを待っている。
「お前たち妃選びの顛末はどこまで知っている? 皇太子殿下はどのご令嬢も選ばずに、男色に走った」
「それは知っている」
「だがその続きがある。なんと、殿下のお相手の従者というのが、フルーレトワール家の縁者だったのだ」
暗闇の中で刺客たちの動揺が走った。シモンはまずは良し、と心の中で言った。
「驚くよな。13年前フルーレトワール家に連なる人間は皆始末したはずなのに、縁者が残っていたなんて。ああ、当時の手落ちを反省するのは後にして、先に話を聞け。
とにかくその従者は、フルーレトワール家がソンルミエール家に陥れられたと訴えた。そもそもそのために皇太子殿下に近付いたようだ。それで皇太子殿下は過去の事件の調査を命じた。もちろん秘密裏にな。今皇太子殿下がご病気で寝込んでいるというのは大ウソ。その裏で近衛隊を動かして、調査をしているんだ。だが、ソンルミエール公爵はそれに気が付いた。もう少しでご息女が皇太子妃になるというのに、過去の汚点が明るみに出たらことだ。それで早晩、お前たちを始末してしまおうと考えているのさ」
これは全てハッタリだった。危機を回避すべく必死に喋っていたのだが、そのうちシモンの頭脳には別の考えが浮かんできた。
(刺客団に直接接触するのは次善の策として考えていたことだ。ちょうどいい、こいつらをうまく騙して、利用してやるんだ)
「ふん。そんなでたらめ、信じると思うか」
頭目は仲間を励ますように殊更馬鹿にした調子で言った。シモンは負けじと憐れむような眼をして答えた。
「信じられないだろうな。今まで忠誠を誓ってきたのに、あっさり切り捨てられるとは。しかし公爵令嬢が皇太子妃になれば、皇太子妃の護衛という名目で、王室の兵隊の一部を動かせるようになるのだ。そんな立派な兵士がいれば、お前たち刺客なんぞもう必要ないんだ。過去の罪を隠蔽するついでに厄介払いができるというわけさ」
「ありえない。大体そんなことをどうしてお前が知っている。公爵令嬢の対抗馬の兄のお前が」
「妹が皇太子殿下に気に入られていたのは、フルーレトワール家の話を聞いていて、調査に協力すると申し出たからなんだ。もちろん、フルーレトワール家の名誉を回復出来たら、妹を皇太子妃にすると取引している。先ほど言ったように殿下は男色家なので、お飾りの妃ということだが、まぁ地位さえ手に入ればいい。
ただ、メリザンドはなかなかしぶとくてな。それでこうやって13年前の事件の生き証人であるお前たちに接触したのさ」
非常にもっともらしい嘘だった。刺客たちは腕は立つが頭は強くないようで、完全に嘘に踊らされていた。
「ならば、お前たちを生かしておいては、しょっ引かれるじゃないか」
「話を最後まで聞け。殿下は寛大な方でな、お前たちが大人しく出頭して罪を白状すれば、命は助けるとおっしゃっているのだ。どうだ、いい話じゃないか。黙っていたらかつての主に殺されるんだぞ。ハッタリだと思うなら、この場で我々を殺してもいい。そうなれば近々お前たちも命を失うことになるからな、天国でまた会おうじゃないか」
自信たっぷりなシモンの演技は彼らの心を大きく揺さぶった。刺客たちは頭目に指示を仰いだ。頭目はかなりの間考えていたが、やがてこう言った。
「おいそれと信じられない。お前の言うことが真実だと証明できるのか」
「できるさ、長く見積もって五日以内には都から手紙が届くぞ。仕事があるから都へ来いとな」
頭目はまた唸って悩んだ。手の空いている刺客は頭目の側へ集まって、ごにょごにょ相談した。
「よし。わかった。では手紙が来るまで待とう。もし五日以内に手紙来なければ、お前たちの命はない」
「好きにするがいいさ。連絡が来るのはわたしがこの男と会った酒場だろう? ならそこで待たせてもらいたいものだな」
「そうだな。もし刻限に来なかったら、店で殺してやる。いい見世物になるぞ」
刺客はシモンを先頭に、他の使用人たちを連行して行った。その後、静かになった路地裏の物陰から、ひょこりとノエルが現れた。逃げ出すと見せかけて、ずっと隠れていたのだ。
「シモン様、わたしが何としてもお救いし、策も成功させてみせます」
ノエルは小さく呟くと、急いで宿屋へ戻った。
当日に至るまで、ポーッラク家からついてきた使用人も交えて、何度も入念に打ち合わせと予行練習をした。そしての日の12時、シモンは路地の入口に立った。使用人たちは周辺に隠れている。
路地の向こうからランタンの灯がちらちらと揺れながら近づいてくる。男がやって来たのだ。皆緊張をみなぎらせた。
男は手には巻いた紙を持っている。シモンに近づくと、男は紙を広げてランタンの灯りで照らして見せた。
「……よし。素晴らしい出来だ。これで我らの計画も成功するだろう。約束の物だ」
シモンは金の入った袋を取り出し男の手に乗せる。そしてその手が引っ込む前に腕をつかんでグイっとこちら側へ引き寄せた。
「いまだ、かかれ!」
隠れている使用人たちに声をかけた。彼らが物陰から飛び出す。ところがその背後からさらに別の人間が現れ、使用人たちを羽交い絞めにしてしまった。シモンが動揺すると、男は手をひねって難なくシモンの拘束を逃れ、これまたどこから現れたのか、数人の男たちの後ろへ身を隠してしまった。背後を振り返ると、ノエルがひときわ大きな男に捕まって、ナイフを突きつけられている。男たちは、棘の沢山ある円形、星のような模様が染め抜かれた腕章をつけている。彼らこそ、ソンルミエール家の刺客だ。
シモンは咄嗟に偽造文書を大男の顔に投げつけ、怯んだところを渾身の力で突き飛ばす。
「ノエル逃げろ!」
ノエルは一瞬躊躇したが、すぐに身を翻して逃げ出した。刺客たちは追いかけようとする。シモンは他の刺客に拘束され、身動きが取れない。ここでノエルまで捕まったらおしまいだ。シモンは刺客たちの注意を引き付けるべく、急に大きな笑い声をあげた。
場違いな笑い声にノエルを追っていた刺客たちは足を止め振り返る。他の者たちも、気でも狂ったのかと互いに顔を見合わせた。シモンはなおも笑い続けた。
「何がおかしい」
ノエルを捕まえていた大男が頭目らしい。鋭くシモンに問いかけ、手下にランタンを掲げさせた。
「こいつはレーブジャルダン家の令息だな。リゼットの出自を探った時に邪魔に入った。あの時は近衛隊に追いまくられて、ご主人様からは刻限に遅れたお叱りを受けて散々だった。あの時の落とし前をつけさせてもらうぜ」
頭目がナイフをちらつかせて凄んでも、シモンはまだ笑い続けた。むしろ笑いがひどくなっているようだ。刺客たちの神経がシモンに集中し、ノエルのことなど忘れてしまったところで、シモンはやっと笑いが止まったふりをして放し始めた。
「いいや、すまないな。あまりにお前たちが滑稽だったから、つい。旦那様に叱られた落とし前とは、その旦那様に見捨てられそうだというのに、何とも健気な言い草だ」
頭目はその言葉につられた。無言で続きを待っている。
「お前たち妃選びの顛末はどこまで知っている? 皇太子殿下はどのご令嬢も選ばずに、男色に走った」
「それは知っている」
「だがその続きがある。なんと、殿下のお相手の従者というのが、フルーレトワール家の縁者だったのだ」
暗闇の中で刺客たちの動揺が走った。シモンはまずは良し、と心の中で言った。
「驚くよな。13年前フルーレトワール家に連なる人間は皆始末したはずなのに、縁者が残っていたなんて。ああ、当時の手落ちを反省するのは後にして、先に話を聞け。
とにかくその従者は、フルーレトワール家がソンルミエール家に陥れられたと訴えた。そもそもそのために皇太子殿下に近付いたようだ。それで皇太子殿下は過去の事件の調査を命じた。もちろん秘密裏にな。今皇太子殿下がご病気で寝込んでいるというのは大ウソ。その裏で近衛隊を動かして、調査をしているんだ。だが、ソンルミエール公爵はそれに気が付いた。もう少しでご息女が皇太子妃になるというのに、過去の汚点が明るみに出たらことだ。それで早晩、お前たちを始末してしまおうと考えているのさ」
これは全てハッタリだった。危機を回避すべく必死に喋っていたのだが、そのうちシモンの頭脳には別の考えが浮かんできた。
(刺客団に直接接触するのは次善の策として考えていたことだ。ちょうどいい、こいつらをうまく騙して、利用してやるんだ)
「ふん。そんなでたらめ、信じると思うか」
頭目は仲間を励ますように殊更馬鹿にした調子で言った。シモンは負けじと憐れむような眼をして答えた。
「信じられないだろうな。今まで忠誠を誓ってきたのに、あっさり切り捨てられるとは。しかし公爵令嬢が皇太子妃になれば、皇太子妃の護衛という名目で、王室の兵隊の一部を動かせるようになるのだ。そんな立派な兵士がいれば、お前たち刺客なんぞもう必要ないんだ。過去の罪を隠蔽するついでに厄介払いができるというわけさ」
「ありえない。大体そんなことをどうしてお前が知っている。公爵令嬢の対抗馬の兄のお前が」
「妹が皇太子殿下に気に入られていたのは、フルーレトワール家の話を聞いていて、調査に協力すると申し出たからなんだ。もちろん、フルーレトワール家の名誉を回復出来たら、妹を皇太子妃にすると取引している。先ほど言ったように殿下は男色家なので、お飾りの妃ということだが、まぁ地位さえ手に入ればいい。
ただ、メリザンドはなかなかしぶとくてな。それでこうやって13年前の事件の生き証人であるお前たちに接触したのさ」
非常にもっともらしい嘘だった。刺客たちは腕は立つが頭は強くないようで、完全に嘘に踊らされていた。
「ならば、お前たちを生かしておいては、しょっ引かれるじゃないか」
「話を最後まで聞け。殿下は寛大な方でな、お前たちが大人しく出頭して罪を白状すれば、命は助けるとおっしゃっているのだ。どうだ、いい話じゃないか。黙っていたらかつての主に殺されるんだぞ。ハッタリだと思うなら、この場で我々を殺してもいい。そうなれば近々お前たちも命を失うことになるからな、天国でまた会おうじゃないか」
自信たっぷりなシモンの演技は彼らの心を大きく揺さぶった。刺客たちは頭目に指示を仰いだ。頭目はかなりの間考えていたが、やがてこう言った。
「おいそれと信じられない。お前の言うことが真実だと証明できるのか」
「できるさ、長く見積もって五日以内には都から手紙が届くぞ。仕事があるから都へ来いとな」
頭目はまた唸って悩んだ。手の空いている刺客は頭目の側へ集まって、ごにょごにょ相談した。
「よし。わかった。では手紙が来るまで待とう。もし五日以内に手紙来なければ、お前たちの命はない」
「好きにするがいいさ。連絡が来るのはわたしがこの男と会った酒場だろう? ならそこで待たせてもらいたいものだな」
「そうだな。もし刻限に来なかったら、店で殺してやる。いい見世物になるぞ」
刺客はシモンを先頭に、他の使用人たちを連行して行った。その後、静かになった路地裏の物陰から、ひょこりとノエルが現れた。逃げ出すと見せかけて、ずっと隠れていたのだ。
「シモン様、わたしが何としてもお救いし、策も成功させてみせます」
ノエルは小さく呟くと、急いで宿屋へ戻った。