第七章 芸術祭 第八話
文字数 2,976文字
店に戻り、ノエルに荷造りをさせている間に、カミーユに衣装の注文をした。
「元々使うはずだった衣装はスカートをここまで切ってしまって。袖も取ってしまってかまわないわ。あと、ヘッドドレスを作ってもらいたいの。頭のてっぺんにお皿みたいな飾りがあって羽飾りがついているの。動いても落ちないように固定できるようにしてほしいわ。それをあと6着作ってくれるかしら」
あと三日しかないからカミーユも徹夜は必至だ。それでも彼は渾身のトウシューズと衣装を壊された恨みをぶつけるように了承してくれた。
再びポーラック家に集合すると、リゼットは容赦なく練習を続行した。
「まだやるんですの? もうくたくたですわ」
「そんなこと言っていられません。そりゃあ本物のロケットの完成度は求めてないけれど、審査員を唸らせる完成度にするためには練習のあるのみ! わかりましたわね?」
リゼットの鬼気迫る剣幕に、みんな戸惑っていた。
「返事は!」
「はい!」
わけもわからず、全員はとにかく返事だけした。それからうっすら空が明るくなるまで練習を繰り返した。
「足の高さが揃ってないわよ! 笑顔も足りない!」
リゼットは自らも踊りつつ、時々正面から仲間たちを見て、鬼のように指導した。様になってきたところで、リゼットはフィナーレをつけることを思いついた。まともに踊れるリゼットとアクロバットがあるキトリィ、歌のあるパメラばかりが目立ってしまい、他のメンバーの印象が薄いからだ。
ならばと、皆で主題歌を歌うことにした。主旋律を歌うだけなので簡単だが、また新しい要素が追加されて全員うんざりしていた。
「足が痛い。無理ですわ。わたくもう踊れません」
三日目の明け方、少し休憩を取ったところで、リアーヌは足をさすりながら泣き出した。皆の疲労はピークに達している。誰もが暗い顔で床に座り込んでいた。
「めそめそしないでくださる。わたくしだって足も腕も痛いのに我慢しているんですからね。大体、あなたは手をつないで思いっきり体重をかけてきていますわよね。自分で立てと言われているのに。わたくしに余計に負担がかかっているんですわ」
ローズがヒステリックに言った。
「なによ! あなただってわたくしと入れ替わる所でいっつもぶつかりそうになりますわよね」
「お二人ともおやめになって。みんな疲れているんだから仕方ないですわ」
「ブランシュ様も足の高さが一人だけ低いことがありますわよ。賑やかしだからって、気を抜いているんじゃありませんの? 全体の完成度が下がるから迷惑ですわ」
「わたくしだって、一生懸命やっているんですのよ」
皆徹夜続きで気が立っているのだ。この光景、リゼットにとっては初舞台のラインダンスの稽古場とデジャブだった。あの時夢園 さゆりたちは、客に見せるレベルに達していないから舞台に上げられないと振付家にしごかれていた。
「足痛い……もうやだ。できないよ」
黒い七分袖のレオタードに、芸名のゼッケンをつけた椿 えり香 が、氷水の入ったビニール袋を足に当てながら、うっすら涙を浮かべて言った。夢園さゆりはその隣で両足を投げ出して座り、太ももや脹脛を叩いていた。
「弱音吐かないでよ。そんなことだからOKもらえないんだよ」
壁の手すりに足を乗せてしきりに足首を回している紫貴 ゆうやは、苛立った口調で椿えり香を叱咤した。誰もが疲労困憊で、どんなに頑張っても届かない口惜しさと、舞台に立てるのかという不安で、どんよりとした暗さが稽古場を支配していた。
夢園 さゆりは、椿えり香の背中をさすった。
「辛いけど頑張ろう。あとちょっと踏ん張ったら、きっとOKもらえるから。だから今は踏ん張って、皆で初舞台踏もう」
全員気持ちは同じだった。休憩時間が終わると、全員立と上がり、もう一度最初から踊り始める。足の痛みなどおくびにも出さず。太陽のような笑顔で、掛け声高らかに足を上げる。
「……同期は舞台に立つために集まったんだから耐えられたけど、今はそういう状況じゃないものね。そりゃあ挫けるわよね」
リゼットはそう独り言ちた。しかし諦めることはできない。
「辛いけどあと少しだけ頑張って。頑張った分はきっと見ている人たちの心に届くはずですわ。皆さん不幸な事故に遭って芸術祭に出られなくなってしまって、しかたなくラインダンスをすることになりましたから、辛いのはわかります。でもここで諦めたら、不運に負けたことになりますわ。わたくしは皆さん一緒に芸術祭に出たいんです。だからもう少し踏ん張って、審査員をあっと言わせましょう!」
てっきり厳しい叱咤が飛んでくると思っていたのに、リゼットの口から出たのは寄り添うような激励だった。令嬢たちは各々その言葉を噛みしめ、力を振り絞って立ち上がり、踊り始めた。
練習場になっている部屋の前で、ポーラック卿は聞き耳を立てていた。
「ラディアント トレゾール……。うーむ、聞いたことがない旋律じゃが、メロディが耳に残って、ふとした瞬間に鼻歌で歌ってしまうような親しみやすさがある」
「私なぞ全て覚えましたよ。まるで洗脳です」
シモンはうんざりして答えた。
「いや、リゼット嬢は素晴らしい才能に溢れておる。案外こういう娘が皇太子妃となったら、この歌の通り、トレゾールにも明るい未来がやってくるかもしれんのう」
「買いかぶりすぎです。所詮は田舎娘ですよ」
「君は妹を皇太子妃選びに送り込んでいるくせに、妹の成功を喜んでいないような物言いをする。どうも素直になれんようじゃな」
ポーラック卿に図星を指されて、シモンはその視線から逃れるべく、扉とは反対側の窓辺に寄った。
この世でものを言うのは金と権力。正攻法では勝てないから、卑怯な手段も辞さない。そう決意し、念入りに計画を練って、リゼットを淑女に仕立て上げ都へやってきた。思惑通り彼女はここまで選考に残っている。だがそのやり方は、正攻法でもなければ、シモンの考える謀略でもない。中途半端で行き当たりばったりなものばかり。
「わたしとリゼットの何が違うんだ。あいつのやり方はわたしよりも杜撰なのに、なぜうまくいく」
リゼットが成功すればするほど、自分が負けているように思える。
「君のことは良く知らんから何ともいえんが、リゼット嬢と孫娘たち、いや我々普通の貴族との違いなら、少しわかる気がするんじゃよ。すはなち、自力更生と思いやりじゃ。
彼女は何か問題が直面するたびに、自分にでき得ることをして解決しようとするんじゃ。生まれながらに使用人に囲まれた令嬢たちは、自ら思考して体を動かすという発想がない。まぁどうしましょう、と狼狽えるか嘆くかじゃ。
思いやりは言わずもがな。困っている人間を放っておけないし、自分だけ良い目を見るのに引け目を感じておる。自分の行動で誰かが不利益をこうむったり傷つくのを嫌う。世の中のお人好しとはそういうもんなんじゃ」
ポーラック卿のリゼット評は思いの外当たっているようで、シモンはいつの間にか真剣に耳を傾けていた。
「そういう思いやりの持ち主というのは多くないが、時々現れて、思いがけず助けられたりするもんじゃ。わしも……そういう人に助けられたことがあったような、いつのことじゃったか」
ポーラック卿はまた何かを思い出しかけたようで、首をかしげてうんうん唸った。
「元々使うはずだった衣装はスカートをここまで切ってしまって。袖も取ってしまってかまわないわ。あと、ヘッドドレスを作ってもらいたいの。頭のてっぺんにお皿みたいな飾りがあって羽飾りがついているの。動いても落ちないように固定できるようにしてほしいわ。それをあと6着作ってくれるかしら」
あと三日しかないからカミーユも徹夜は必至だ。それでも彼は渾身のトウシューズと衣装を壊された恨みをぶつけるように了承してくれた。
再びポーラック家に集合すると、リゼットは容赦なく練習を続行した。
「まだやるんですの? もうくたくたですわ」
「そんなこと言っていられません。そりゃあ本物のロケットの完成度は求めてないけれど、審査員を唸らせる完成度にするためには練習のあるのみ! わかりましたわね?」
リゼットの鬼気迫る剣幕に、みんな戸惑っていた。
「返事は!」
「はい!」
わけもわからず、全員はとにかく返事だけした。それからうっすら空が明るくなるまで練習を繰り返した。
「足の高さが揃ってないわよ! 笑顔も足りない!」
リゼットは自らも踊りつつ、時々正面から仲間たちを見て、鬼のように指導した。様になってきたところで、リゼットはフィナーレをつけることを思いついた。まともに踊れるリゼットとアクロバットがあるキトリィ、歌のあるパメラばかりが目立ってしまい、他のメンバーの印象が薄いからだ。
ならばと、皆で主題歌を歌うことにした。主旋律を歌うだけなので簡単だが、また新しい要素が追加されて全員うんざりしていた。
「足が痛い。無理ですわ。わたくもう踊れません」
三日目の明け方、少し休憩を取ったところで、リアーヌは足をさすりながら泣き出した。皆の疲労はピークに達している。誰もが暗い顔で床に座り込んでいた。
「めそめそしないでくださる。わたくしだって足も腕も痛いのに我慢しているんですからね。大体、あなたは手をつないで思いっきり体重をかけてきていますわよね。自分で立てと言われているのに。わたくしに余計に負担がかかっているんですわ」
ローズがヒステリックに言った。
「なによ! あなただってわたくしと入れ替わる所でいっつもぶつかりそうになりますわよね」
「お二人ともおやめになって。みんな疲れているんだから仕方ないですわ」
「ブランシュ様も足の高さが一人だけ低いことがありますわよ。賑やかしだからって、気を抜いているんじゃありませんの? 全体の完成度が下がるから迷惑ですわ」
「わたくしだって、一生懸命やっているんですのよ」
皆徹夜続きで気が立っているのだ。この光景、リゼットにとっては初舞台のラインダンスの稽古場とデジャブだった。あの時
「足痛い……もうやだ。できないよ」
黒い七分袖のレオタードに、芸名のゼッケンをつけた
「弱音吐かないでよ。そんなことだからOKもらえないんだよ」
壁の手すりに足を乗せてしきりに足首を回している
「辛いけど頑張ろう。あとちょっと踏ん張ったら、きっとOKもらえるから。だから今は踏ん張って、皆で初舞台踏もう」
全員気持ちは同じだった。休憩時間が終わると、全員立と上がり、もう一度最初から踊り始める。足の痛みなどおくびにも出さず。太陽のような笑顔で、掛け声高らかに足を上げる。
「……同期は舞台に立つために集まったんだから耐えられたけど、今はそういう状況じゃないものね。そりゃあ挫けるわよね」
リゼットはそう独り言ちた。しかし諦めることはできない。
「辛いけどあと少しだけ頑張って。頑張った分はきっと見ている人たちの心に届くはずですわ。皆さん不幸な事故に遭って芸術祭に出られなくなってしまって、しかたなくラインダンスをすることになりましたから、辛いのはわかります。でもここで諦めたら、不運に負けたことになりますわ。わたくしは皆さん一緒に芸術祭に出たいんです。だからもう少し踏ん張って、審査員をあっと言わせましょう!」
てっきり厳しい叱咤が飛んでくると思っていたのに、リゼットの口から出たのは寄り添うような激励だった。令嬢たちは各々その言葉を噛みしめ、力を振り絞って立ち上がり、踊り始めた。
練習場になっている部屋の前で、ポーラック卿は聞き耳を立てていた。
「ラディアント トレゾール……。うーむ、聞いたことがない旋律じゃが、メロディが耳に残って、ふとした瞬間に鼻歌で歌ってしまうような親しみやすさがある」
「私なぞ全て覚えましたよ。まるで洗脳です」
シモンはうんざりして答えた。
「いや、リゼット嬢は素晴らしい才能に溢れておる。案外こういう娘が皇太子妃となったら、この歌の通り、トレゾールにも明るい未来がやってくるかもしれんのう」
「買いかぶりすぎです。所詮は田舎娘ですよ」
「君は妹を皇太子妃選びに送り込んでいるくせに、妹の成功を喜んでいないような物言いをする。どうも素直になれんようじゃな」
ポーラック卿に図星を指されて、シモンはその視線から逃れるべく、扉とは反対側の窓辺に寄った。
この世でものを言うのは金と権力。正攻法では勝てないから、卑怯な手段も辞さない。そう決意し、念入りに計画を練って、リゼットを淑女に仕立て上げ都へやってきた。思惑通り彼女はここまで選考に残っている。だがそのやり方は、正攻法でもなければ、シモンの考える謀略でもない。中途半端で行き当たりばったりなものばかり。
「わたしとリゼットの何が違うんだ。あいつのやり方はわたしよりも杜撰なのに、なぜうまくいく」
リゼットが成功すればするほど、自分が負けているように思える。
「君のことは良く知らんから何ともいえんが、リゼット嬢と孫娘たち、いや我々普通の貴族との違いなら、少しわかる気がするんじゃよ。すはなち、自力更生と思いやりじゃ。
彼女は何か問題が直面するたびに、自分にでき得ることをして解決しようとするんじゃ。生まれながらに使用人に囲まれた令嬢たちは、自ら思考して体を動かすという発想がない。まぁどうしましょう、と狼狽えるか嘆くかじゃ。
思いやりは言わずもがな。困っている人間を放っておけないし、自分だけ良い目を見るのに引け目を感じておる。自分の行動で誰かが不利益をこうむったり傷つくのを嫌う。世の中のお人好しとはそういうもんなんじゃ」
ポーラック卿のリゼット評は思いの外当たっているようで、シモンはいつの間にか真剣に耳を傾けていた。
「そういう思いやりの持ち主というのは多くないが、時々現れて、思いがけず助けられたりするもんじゃ。わしも……そういう人に助けられたことがあったような、いつのことじゃったか」
ポーラック卿はまた何かを思い出しかけたようで、首をかしげてうんうん唸った。