第十二章 ざわめく社交界 第九話
文字数 2,985文字
選ばれる側の令嬢たちも、メリザンド以外は全く寝耳に水であった。
リアーヌは知らせを聞いた瞬間、頭の中に言いたいことが溢れかえった。
(何を勝手に決めているのよ。最後のダンスの時はメリザンドとリゼットの一騎打ち、もといリゼットの勝利は決まっていたわ。投票になったらどうなるかわからないけれど、メリザンドは家を挙げて盛んに運動するはず。社交界も皇后さまの顔色を窺う人が多いに違いない。そしたらわたくしはどうせ選ばれないわ。でも叔父様はメールヴァン家の面子のためにそれなりにわたくしが得票できるよう取り計らうでしょうね。あくまでそれなりにであって、必ず勝てるようにではなく。
結局また、勝つ見込みのない勝負をしなければならないの? それも男好きの皇太子のお飾りの妻の座を争って? 冗談じゃないわ。未来の皇后はそれは魅力的よ。でも女としての幸せを手にいれられなければ片手落ちだわ。それだったら叔母様が世話してくれる良家のご子息の方がましよ。お金だって名誉だって持っているし、少なくとも夫婦別々の部屋で寝ることは無いでしょうから!)
リアーヌは皇帝夫妻の前に進み出た。
「両陛下に申し上げます。大変申し訳ないのですが、わたくし、選挙から降ります」
皇帝夫妻は目を見開き、腰掛けていた椅子から身を乗り出した。メールヴァン夫妻も戸惑いを見せた。
「確かに最後の候補に残りはしましたけれど、あの舞踏会で最後のダンスにお誘いいただけませんでしたから、もうすっかり皇太子妃への望みは断っておりました。あの時とて、僅かな期待で殿下に手を差し伸べられるのを待って、心臓が張り裂けそうでしたのに、また投票に運命を委ねるなんて、もうわたくし耐えられませんわ。投票は大変結構な方法かと思います。ですから、他の皆さまでどうぞ競い合ってくださいませ」
まさか辞退者が出るとは思っていなかった皇帝夫妻は、どうしたものかと顔を見合わせた。ただ、最後のダンスを台無しにしたのは皇太子であり、最終候補たちを振り回した非はこちら側にあるので、強引に参加させることは憚られた。結局、暫くの間をおいてから、皇帝はリアーヌの辞退を許可した。メールヴァン夫妻は何か言いたげだったが、リアーヌは二人とは目も合わせずに、すたすたと会場の隅の方へと去って、あとは我関せずと、星空を見上げていた。
キトリィは自らはどう出るべきか慎重に思案していた。
まず、ソフィの名誉回復の準備が整うまでは、妃選びを進行させてはならない。しかし投票という方法は確かに公正で、こちらが文句をつけようがない。むしろキトリィが妃選びを独断で決めるなと圧力をかけたからこそ出てきた方法でもある。再度反対するのは道理が通らない。また、屁理屈をこねるとせっかく集めた令嬢たちの信望を失いかねない。選挙をやめさせることは不可能で、三週間後に誰かが王太子妃に選ばれることを受け入れるしかない。
となると、メリザンドを始め、リゼット以外の令嬢が皇太子妃になるのを阻止しなければならない。この投票は令嬢の後ろ盾に忖度したものになる。名門貴族と皇后の後ろ盾を持ったメリザンドが多くの票を手にいれるだろう。そして、家門ではメリザンドに対抗しうる存在だったリアーヌが降りたとなると、ますますメリザンドが有利になる。
(メリザンドを皇太子妃にしないためには、わたしが沢山の票を集めるしかないわ。リアーヌがいないなら、宙ぶらりんになる票が沢山あるはず。リヴェール王家の力を使えば、それをかき集めて対抗できる)
だが、傍らのアンリエットは首を振った。
「王女様が本当にお輿入れすることはないと、もう誰もが知っています。それに令嬢たちを糾合しえた王女様の主張は、妃選びの結果を尊重するということでした。これはつまり、リゼット様が選ばれるであろうというあの時の状況を尊重すべしという意味になっております。実際、令嬢たちの中にはリゼット様を支持する者も少なくありませんから、王女様ご自身が票を集めんとすれば、反感を抱く者もいるでしょう。却って王女様とリゼット様の間で票が割れてしまうやも」
「じゃあ、どうするのが一番いいの?」
「ここは王女様も降りるのです。そして以前と同じく、メリザンド様とリゼット様の一騎打ちに持ち込むのですわ。そこで王女様、つまりリヴェール王家ががリゼット様の後ろ盾となるのです。ここまでにリゼット様が築いた名声もまだ消えたわけではありませんから、それを糾合すればメリザンド様に対抗できます。リゼット様が勝てば、例の事はもうこちらの思い通りに運べますわ」
キトリィはアンリエットの作戦を受け入れた。もともと頭脳は出ないために、こう複雑な状況になってしまっては、何が最善か滋宇bンでは藩だ眼つかない。アンリエットが言うなら間違いはないだろうと決めたのが本音だ。
「わたくしも降りますわ。投票は全く正しいやり方ですので、陛下がそれを選んでくださったことに安堵いたしました。ですがわたくしは行儀見習いとしてここへ来た身ですから、余計にかき乱すことは控えたいと存じます」
票を集められる王女まで降りると言い出した。リアーヌが許されたのだから、当然キトリィも認められた。それで怖気づいてしまったのか、諦めてしまったのか、はたまた流されたのか、もう一人の候補も降りると宣言した。これでアンリエットが言った通り、リゼットとメリザンドの一騎打ちになった。
「ですが、リゼット様は本日いらっしゃいませんわ。こんなに選挙から降りる人がいらっしゃっては、あの方のお気持ちを確かめないことには、わたくしとあの方で競うべきかどうか、わかりませんわね」
メリザンドはちらっとブランシュたちを見た。
「リゼットは投票に参加しますわ。姿が見えないというだけで、勝手に降りたと決めつけられてはかないません」
ブランシュは慌ててそう宣言した。メリザンドに無投票で勝利されてはたまらない。
皇帝は一応リゼットの意思を確かめたいので、明日王宮へ来るように言い渡した。社交界の人々は、メリザンドとリゼットの決選投票になると、早くも勝負の行方を予想して盛り上がった。
ブランシュたちは急いで屋敷に帰ってリゼットに選挙のことを伝えた。リゼットの方もローズに全て知られてしまったことと、どうしようもなくて彼女を軟禁していることを報告した。
「ローズはとにかく暫く屋敷にいてもらうしかないわね。問題は家族になんて言い訳するか。わたくしたち、別にローズとそこまで親しくはないのだし」
サビーナは腕を組んで悩んだ。リゼットも頭に手をやって悩んだ。
「あと三週間の間にソフィの名誉を回復できないといけないのね。それから、わたしがメリザンドに勝たなくてはいけないってこと」
リゼットはまったく自信がなかった。都にコネのないリゼットが、どうやって票を集められるだろうか。
「王女様が投票を降りたのですが、それはつまり、リゼット様の後ろ盾になる狙いがあるのだと、馬車の中で話していましたの。ですからリゼット様は頼りなく思うことはありませんわ」
パメラはそういうが、王女がついていたとしても、国内の貴族の繋がりを持たないのは、やはり不利だと考えられた。
「……でも、やるしかないわね。ソフィと殿下のために」
リゼットは腹をくくって、翌日王宮へ出向いた。
リアーヌは知らせを聞いた瞬間、頭の中に言いたいことが溢れかえった。
(何を勝手に決めているのよ。最後のダンスの時はメリザンドとリゼットの一騎打ち、もといリゼットの勝利は決まっていたわ。投票になったらどうなるかわからないけれど、メリザンドは家を挙げて盛んに運動するはず。社交界も皇后さまの顔色を窺う人が多いに違いない。そしたらわたくしはどうせ選ばれないわ。でも叔父様はメールヴァン家の面子のためにそれなりにわたくしが得票できるよう取り計らうでしょうね。あくまでそれなりにであって、必ず勝てるようにではなく。
結局また、勝つ見込みのない勝負をしなければならないの? それも男好きの皇太子のお飾りの妻の座を争って? 冗談じゃないわ。未来の皇后はそれは魅力的よ。でも女としての幸せを手にいれられなければ片手落ちだわ。それだったら叔母様が世話してくれる良家のご子息の方がましよ。お金だって名誉だって持っているし、少なくとも夫婦別々の部屋で寝ることは無いでしょうから!)
リアーヌは皇帝夫妻の前に進み出た。
「両陛下に申し上げます。大変申し訳ないのですが、わたくし、選挙から降ります」
皇帝夫妻は目を見開き、腰掛けていた椅子から身を乗り出した。メールヴァン夫妻も戸惑いを見せた。
「確かに最後の候補に残りはしましたけれど、あの舞踏会で最後のダンスにお誘いいただけませんでしたから、もうすっかり皇太子妃への望みは断っておりました。あの時とて、僅かな期待で殿下に手を差し伸べられるのを待って、心臓が張り裂けそうでしたのに、また投票に運命を委ねるなんて、もうわたくし耐えられませんわ。投票は大変結構な方法かと思います。ですから、他の皆さまでどうぞ競い合ってくださいませ」
まさか辞退者が出るとは思っていなかった皇帝夫妻は、どうしたものかと顔を見合わせた。ただ、最後のダンスを台無しにしたのは皇太子であり、最終候補たちを振り回した非はこちら側にあるので、強引に参加させることは憚られた。結局、暫くの間をおいてから、皇帝はリアーヌの辞退を許可した。メールヴァン夫妻は何か言いたげだったが、リアーヌは二人とは目も合わせずに、すたすたと会場の隅の方へと去って、あとは我関せずと、星空を見上げていた。
キトリィは自らはどう出るべきか慎重に思案していた。
まず、ソフィの名誉回復の準備が整うまでは、妃選びを進行させてはならない。しかし投票という方法は確かに公正で、こちらが文句をつけようがない。むしろキトリィが妃選びを独断で決めるなと圧力をかけたからこそ出てきた方法でもある。再度反対するのは道理が通らない。また、屁理屈をこねるとせっかく集めた令嬢たちの信望を失いかねない。選挙をやめさせることは不可能で、三週間後に誰かが王太子妃に選ばれることを受け入れるしかない。
となると、メリザンドを始め、リゼット以外の令嬢が皇太子妃になるのを阻止しなければならない。この投票は令嬢の後ろ盾に忖度したものになる。名門貴族と皇后の後ろ盾を持ったメリザンドが多くの票を手にいれるだろう。そして、家門ではメリザンドに対抗しうる存在だったリアーヌが降りたとなると、ますますメリザンドが有利になる。
(メリザンドを皇太子妃にしないためには、わたしが沢山の票を集めるしかないわ。リアーヌがいないなら、宙ぶらりんになる票が沢山あるはず。リヴェール王家の力を使えば、それをかき集めて対抗できる)
だが、傍らのアンリエットは首を振った。
「王女様が本当にお輿入れすることはないと、もう誰もが知っています。それに令嬢たちを糾合しえた王女様の主張は、妃選びの結果を尊重するということでした。これはつまり、リゼット様が選ばれるであろうというあの時の状況を尊重すべしという意味になっております。実際、令嬢たちの中にはリゼット様を支持する者も少なくありませんから、王女様ご自身が票を集めんとすれば、反感を抱く者もいるでしょう。却って王女様とリゼット様の間で票が割れてしまうやも」
「じゃあ、どうするのが一番いいの?」
「ここは王女様も降りるのです。そして以前と同じく、メリザンド様とリゼット様の一騎打ちに持ち込むのですわ。そこで王女様、つまりリヴェール王家ががリゼット様の後ろ盾となるのです。ここまでにリゼット様が築いた名声もまだ消えたわけではありませんから、それを糾合すればメリザンド様に対抗できます。リゼット様が勝てば、例の事はもうこちらの思い通りに運べますわ」
キトリィはアンリエットの作戦を受け入れた。もともと頭脳は出ないために、こう複雑な状況になってしまっては、何が最善か滋宇bンでは藩だ眼つかない。アンリエットが言うなら間違いはないだろうと決めたのが本音だ。
「わたくしも降りますわ。投票は全く正しいやり方ですので、陛下がそれを選んでくださったことに安堵いたしました。ですがわたくしは行儀見習いとしてここへ来た身ですから、余計にかき乱すことは控えたいと存じます」
票を集められる王女まで降りると言い出した。リアーヌが許されたのだから、当然キトリィも認められた。それで怖気づいてしまったのか、諦めてしまったのか、はたまた流されたのか、もう一人の候補も降りると宣言した。これでアンリエットが言った通り、リゼットとメリザンドの一騎打ちになった。
「ですが、リゼット様は本日いらっしゃいませんわ。こんなに選挙から降りる人がいらっしゃっては、あの方のお気持ちを確かめないことには、わたくしとあの方で競うべきかどうか、わかりませんわね」
メリザンドはちらっとブランシュたちを見た。
「リゼットは投票に参加しますわ。姿が見えないというだけで、勝手に降りたと決めつけられてはかないません」
ブランシュは慌ててそう宣言した。メリザンドに無投票で勝利されてはたまらない。
皇帝は一応リゼットの意思を確かめたいので、明日王宮へ来るように言い渡した。社交界の人々は、メリザンドとリゼットの決選投票になると、早くも勝負の行方を予想して盛り上がった。
ブランシュたちは急いで屋敷に帰ってリゼットに選挙のことを伝えた。リゼットの方もローズに全て知られてしまったことと、どうしようもなくて彼女を軟禁していることを報告した。
「ローズはとにかく暫く屋敷にいてもらうしかないわね。問題は家族になんて言い訳するか。わたくしたち、別にローズとそこまで親しくはないのだし」
サビーナは腕を組んで悩んだ。リゼットも頭に手をやって悩んだ。
「あと三週間の間にソフィの名誉を回復できないといけないのね。それから、わたしがメリザンドに勝たなくてはいけないってこと」
リゼットはまったく自信がなかった。都にコネのないリゼットが、どうやって票を集められるだろうか。
「王女様が投票を降りたのですが、それはつまり、リゼット様の後ろ盾になる狙いがあるのだと、馬車の中で話していましたの。ですからリゼット様は頼りなく思うことはありませんわ」
パメラはそういうが、王女がついていたとしても、国内の貴族の繋がりを持たないのは、やはり不利だと考えられた。
「……でも、やるしかないわね。ソフィと殿下のために」
リゼットは腹をくくって、翌日王宮へ出向いた。